これから本格的な秋の深まりとともに楽しみなのが、狩猟した野生の鳥や獣の料理、ジビエだ。だが衛生面で気になる動きもある。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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この7月、国内で捕獲された一定数のイノシシにE型肝炎ウイルスの感染歴があることがわかった。関東では8%だったが九州で22%、中国地方では30~42%にものぼったという。こうした状況を受けて、厚生労働省は7月、8月と「野生鳥獣肉の衛生管理に関する検討会」を開き、衛生管理の指針づくりを進めている。
国内でジビエ料理が大きく注目を浴びるようになったきっかけは、野生鳥獣による深刻な農作物被害がきっかけだった。この20年で田畑の穀類やイモ類を食べる野生のイノシシは2倍以上の88万頭に。樹木の苗木などを食べ、森林にダメージを与えるニホンジカに至っては、1990年ごろにはイノシシと同程度だったのが261万頭にまで増えた。現状の捕獲率のままでは2025年にはさらに2倍の500万頭にまで増えるという試算もあり、捕獲体制の増強がのぞまれている。
だが、仮に捕獲体制が整ったとしても、その後の課題も山積みだ。鳥獣保護法の規定により、捕獲鳥獣を現地に放置することは禁じられている。と畜→流通→消費という循環に乗せるために、と畜場や流通の充実はもちろん、レストランのシェフや消費者のニーズを生み出さなければならない。だが野生鳥獣は管理された家畜よりも食中毒リスクは高い。実際、7月10日に行われた第一回検討会で座長をつとめた岩手大学の品川邦汎名誉教授はこう発言している。
「ふだん食べている食肉は、飼育管理もきちんとされた家畜。飼料も安全性が確保され、と畜場に搬入された後も専門の獣医師が一頭ずつ、病理学・微生物学、化学的に検査している。これと同じことを野生獣肉について行うことはできない」
地域の特産品として注目されるジビエも、現時点では法律に基づく食肉処理時の衛生検査はなく、衛生管理は自治体や事業者の自主的なガイドラインに委ねられている。しかも自治体ごとにガイドラインは異なる。捕獲した鳥獣を屋外で解体していいかという基準ひとつとっても、自治体ごとに異なる。
一方、海外に目を向けてみると、アメリカ、EUや国際基準では、ハンターがと畜を行う場合には資格の取得が義務づけられていたり、食肉処理・加工施でも検査を受けることになっている。各国とも手法や「食肉」とされる肉の基準は異なるが、その国や地域の食文化や実情に沿った形のガイドラインがある。
対して江戸時代後期まで表立って肉を食べてこなかった日本人の食肉文化の歴史はまだ浅い。厚労省の研究班「野生鳥獣由来食肉の安全性確保研究班」が2012年12月から1月にかけて、5万人を対象に行った調査では刺身やルイベ、干し肉などを食べた層に不調を自覚した人が多かったという。
前出の品川邦汎・岩手大学名誉教授は検討会のまとめでの発言の要旨は次のとおり。
「大前提は生肉では食べない。食肉の安全の確保は大事だが、人間の安全も大事。狩猟者も放血時にE型肝炎の感染に留意する必要がある。また食肉の安全性ばかり注視すると、すそ野を広げるためのおいしさが抜け落ちる。調和しながら両立させるのは難しい課題。狩猟者がいて、食肉処理が行われ、販売をする。すべてが連携し、消費者により安全なものを届けるガイドラインをつくる必要がある」
ガイドライン策定の目標となる期限は狩猟シーズンが始まる11月頃。衛生管理に有効なのはもちろん、現実に則した指針の策定が望まれる。