今、『高齢者ソフト食』という新しい言葉が注目を集めている。開発したのは、管理栄養士で農学博士の黒田留美子さん(64才)。宮崎県の介護老人保健施設『ひむか苑』で栄養士として働いた経験から誕生させた、新しい介護食だ。
「私が勤務した1994年当時は、老人の食事に、きざみ食やペースト食、ミキサー食などを提供していました。食事といっても、食べ物の形はなく、普通の食事をただ細かくきざんだものや、ドロドロの状態のものばかり。それを流し込まれるように食べる高齢者を見続けるうち、“これは食の虐待ではないか”と思うようになりました。なぜなら、私ならそんなものは絶対に食べたくないから」(黒田さん。以下「」同)
ヒントとなったのは、食べ物が喉を通る様子をレントゲンのビデオで見たことから。人がものをうまくのみこむには、適度な大きさの“食塊”にすることが必要だとわかったのだ。
試行錯誤の末に誕生した高齢者ソフト食の特徴は4つ。
【1】舌で押しつぶせる硬さであること。
【2】バラつかずまとまりのある食塊を作ること。
【3】胃まで移送しやすく、のみこみやすいこと。
【4】見た目が美しく、食欲をそそること。
「まとまりのよい食塊を作るために、食材の特性をいかした“つなぎ”を開発するのは、最も苦労したところです。また、食材の選び方、切り方、喉のすべりをよくするための調理法、味つけなどに工夫を凝らし、10年で1000を超えるレシピを開発しました」
とんかつ、にぎりずし、ハンバーグ、チキン南蛮など、見た目は普通食とほとんど同じ。だが、食べてみると非常に軟らかく、スムーズにのみこめることに驚く。実際に食べた施設の高齢者たちは、食事の時間が楽しみになったと口をそろえる。
それだけではない。驚くべきは、高齢者ソフト食に切り替えてから、胃ろうに頼っていた人がチューブを外せるようになったり、ぴたりと誤嚥を起こさなくなったり、認知症の人が、長く口にしていなかった息子の名前を呼ぶまでになるなど、劇的な回復を見せる人が多く出てきたのだ。
こうした様子を目の当たりにした黒田さんは、高齢者ソフト食を広く世の中に伝えたいと、57才で宮崎大学大学院農学工学総合研究科の博士課程に入学。この介護食が高齢者の健康に有効であることを科学的に裏付ける必要があると考えてのことだった。
そして研究の結果、軟らかさ、まとまりやすさ、粘り具合を数値化することで、機能が衰えた高齢者にとって、高齢者ソフト食が最適な食形態であることを証明することができたのだ。
※女性セブン2014年9月25日号