『産む、産まない、産めない』甘糟りり子/講談社/1620円
恋愛小説で定評ある作家が、なぜ妊娠と出産をテーマに?
「女の人生って、恋愛だけではないし、恋愛だけではどうにもならないことも多い。産む性としてのプレッシャーが強くつきまといます。そこから女性たちを少しでも解放できないだろうか、そして私たちの子供の頃とは違う、新しい家族の形態を書いてみたいと思ったんです」
甘糟りり子さんが、本書の構想にかかったのは40才前後のこと。女性には、“妊娠のリミット”が迫る年頃だ。仕事の場で肩書を手にしていくのと引き換えに、妊娠・出産をあきらめる友人を身近に見たり、甘糟さん自身、「結婚は、子供は」と問われることが多くなっていた。
「レーザーでシミをとるぐらいの気軽さで、“卵子凍結しておかない?”と誘われたこともあります(笑い)。私の場合、子供よりも仕事を優先したいからなどと、意志を持って産まなかったのでもない。ただ、自分には出産はないのかな、と受け止めるようになった時期でした」
膨大な資料にあたり、取材を重ねて短編の連作として書き進めた。「温かい水」は死産と向き合う夫婦の物語。死産の場面は、母親の無念さが胸に迫ってきて泣きながら書いたという。そして、この作品を書いている最中、思いもよらない事実と向き合うことになった。
「生まれたばかりの私の姪がダウン症だったんです。あとで思えば情けないほど動揺してしまいました。だからこそ、自分の身内の体験は書かなくていいの、と自問自答を経て、きちんと書いておこうと決めたのですが、納得できる作品になるまで数年がかかりました」
それが「レット・イット・ビー」。身内としてありのままを受け入れるまでの心の葛藤を鮮やかに描く。
最初の構想から今日まで、この間の不妊治療の進歩はめざましく、またタイでの代理出産のニュースや東京都議会のセクハラヤジ問題と、出産にまつわる話題は事欠かない。生殖医療は進歩したのに、人々の意識は相変わらずの思いもある。
「技術の発展のおかげでひと昔前なら考えられなかったような選択肢も増えた。でも、その分だけ迷うし、悩みも増えるんですよね」
本書の主人公たちは悩みながらも産む、産まない、それぞれの選択をして、子供がいるいないにかかわらず、かけがえのない家庭を改めて築いていこうとする。主人公の1人が言う「私たち、前より強くなったと思わない?」という言葉が印象的だ。
「昔だったら気恥ずかしくて書けない科白でしたね。ないものねだりをやめて現実を受け入れて、幸せが自給自足できるようになった40代半ばを過ぎて、初めて書けた言葉であり、実感です」
(取材・文/由井りょう子)
※女性セブン2014年9月25日号