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【書評】厖大な日記に基づいて描く下り坂の喜劇王・古川緑波

【書評】『哀しすぎるぞ、ロッパ 古川緑波日記と消えた昭和』山本一生/講談社/2400円+税

【評者】川本三郎(評論家)

 題名に驚かされる。エノケン(榎本健一)と並ぶ人気喜劇俳優ロッパが「哀しすぎる」とは。読んでみて納得した。ロッパの全盛時代は昭和十年代で、戦後は活動を続けてはいたが、戦前の人気は回復出来ず、死(昭和三十六年)の直前は失意のなかにあったという。

「エノケンとロッパの時代」をかろうじて知る世代としてはこの事実に驚いた。映画にはたくさん出演していたし、舞台、ラジオでも活躍していた。だからずっと当代の人気者と思っていた。

 よく知られているように名門の出。祖父は東京帝国大学総長で男爵。父親は皇室の侍医。お坊ちゃん育ちでわがまま、横暴なところがあり、周囲の人間の反感を買った。芝居や映画という人の和が必要な世界だけに仲間に嫌われるのは致命傷になった。座付作者だった菊田一夫がロッパのもとを去った。川口松太郎ともうまくゆかなくなった。

 著者はロッパの厖大な日記にもとづいてよく調べて書いている。例えば小さなところだがこんな箇所。昭和十年、ロッパについての一文が『演芸画報』誌に載った。筆者は若き日の森茉莉だった。

 周辺の人物も詳述されている。とくに面白いのは上森子鉄との関係。戦後、『キネマ旬報』の社長として、また大物総会屋として知られる、このあやしげな人物と戦前から親しかった。上森はロッパの公私にわたるトラブルの処理に当り、やがてロッパの人生に大きな影響力を持つ。マネージャーのようにもなり、戦後、ロッパの金を横領した。

 これがロッパにダメージを与えた。人気は下り坂になる。セリフを覚えないで舞台に立つ。美食家のために糖尿病になる。さらに税金の滞納が追い打ちをかけ、家計は火の車になる。あの人気喜劇俳優が、まさに「哀しすぎる」。ロッパは大量の日記を残した。自ら「日記魔」と称した。「日記つけてゐる瞬間が、天国だ」。日記だけがロッパにとって信じられる友だったのかもしれない。

※週刊ポスト2014年9月19・26日号

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