『弾正星』(花村萬月著・小学館・1836円)
戦国武将、松永久秀(弾正)が死ぬ時、観測史上最大級の彗星が現れた。史実に残るその取り合わせに花村さんは心ひかれたという。
「週刊誌の歴史コラムで松永久秀の生き方のめちゃくちゃぶりを読んだのが興味を持つきっかけでした。資料にあたると、本当に悪いやつ、という評価なのが面白く、ろくな資料がなかったのも、逆にこれはいけるぞと思いました」
才覚を頼りにのし上がろうとする久秀は、仕事を探しにきた罪のない若者の首をはね、尼僧を犯し、主君や将軍すらも殺してしまう。寺社を破壊して墓石を城づくりに使い、敵が東大寺の大仏殿を火弾庫がわりにすれば平然と攻撃して焼き尽す。
「確かに悪いやつですが、織田信長の先を行く無神論者で現代的な合理主義者なんです。悪の語源をたどればものを割る、命が終わるということに行き着く。久秀は、自分の存在とは何かを問う意識が根っ子のところにあった人だと思います」
相手の心を読み、巧みに支配する一方で、後ろ盾のない自分の限界にも早々と気づく。自分が天下をとると信じられた織田信長とはそこが違う。茶の湯を楽しみ、さらにいえば大変な美男子で性豪でもあった。
史実をおさえたうえで、久秀のそばに蘭十郎という語り手を置いて物語の幅を広げた。シャーロック・ホームズにおけるワトソン役である。
「口ばかり達者で、何もできないのはおれにそっくり。作者の分身です」
恐れを持ちつつ、彼を信じて「兄上」と呼ぶようになる蘭十郎の心情に自分を重ね、いつしか危険な久秀から目が離せなくなってくる。印象的な場面がある。あばら家で眠る蘭十郎の老母の姿を初めて見た時久秀は静かに涙を流すのだが、理由は、あえて語られない。
「親しい人を失った経験のない人なんてほとんどいない。ここは、それぞれの心の中の傷に引きつけ、想像して読んでもらえばいい。読者の力をおれは信じています」
小説の隠れたテーマは「人と人との相性」でもあるという。
「ものを言いやすい上司とか、理屈じゃなく気にくわない同僚っているじゃないですか。結婚もそうで、ぼくも今3度目ですが、我慢しなくていい相手、理屈では説明できない相性の良い人にはなかなか会えるもんじゃない。そういう相手に出会えた幸せを書いてみたかった」
見込んだ女を蘭十郎と一緒にさせるため、久秀は彼女の両親を殺す。3人の関係にひびを入れかねない秘密が、鮮やかな結末の導線となる。
「先を決めずに書いていくのに、彼らの運命を再現するようにうまく収まった。これ、書く醍醐味ですね」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2014年10月2日号