あれから3年半が過ぎたが、震災と原発事故の傷跡は生々しい。三陸沿岸が津波に飲み込まれ、福島では人々が住み慣れた町を追われ、首都で大量の帰宅難民が生まれたあの日あの時、官邸で、福島第一原発で、東京電力本店で何が起きていたのか。
さる9月11日、政府は「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)が行なった調書のうち19人分を公表した。事故対応にあたった菅直人・首相、枝野幸男・官房長官ら民主党政権中枢の証言に加え、吉田昌郎・東京電力福島第一原発所長(故人)のいわゆる「吉田調書」も含まれる(肩書きは基本的に当時、以下同)。
合計1000ページを超える膨大な調書には、厳しい質問を浴びせる事故調委員と長時間にわたる質問に答える回答者のやり取りがそのまま記されている。
本来、この調書は「福島原発事故で何が起きたか」を国全体で共有し、検証と反省をもとに二度と悲劇を繰り返さない仕組みをつくるために活かすべきものだ。しかし、朝日新聞の誤報に端を発した一連の報道は、朝日批判に終始し、今もって調書に基づく事故の全体像の検証はほとんどなされていない。そして、大新聞の不毛な批判合戦を好都合とほくそ笑んでいるのが原発のなし崩し再稼働に走り出した安倍政権だ。
政府は生前「非公表」を望んだ吉田氏の調書を公表しながら、それ以外は本人の同意を条件に順次公表すると説明している。今のままメディアが検証を放棄し、「全調書を公表して事故の全貌を明らかにすべきだ」という声が高まらなければ、他の重要人物の証言は秘匿され、歴史の闇に埋もれてしまう危険がある。そうなれば吉田氏らが託した「悲劇を繰り返したくない」という思いを踏みにじることになる。
週刊ポストは調書検証チームを組み、公表された19人分の調書から、改めて当時の菅政権中枢や東電の当事者たちの行動、本誌を含むメディアの報道を含めて徹底検証する作業を開始した。
すると、公表した政府の思惑とは裏腹に、民主党政権だけでなく、安倍晋三首相を含む批判勢力の嘘までも次々と明らかになってきた。連載第1回となる9月29日発売の同誌10月10日号では、菅首相による海水注入の中止命令と、官邸がメルトダウンを把握した時期についてつぶさに検証している。