NHKの連続テレビ小説『花子とアン』のナレーションでおなじみの美輪明宏氏(79)。そんな美輪氏の代表作の一つが舞台『黒蜥蜴』だが、この作品の裏にあった驚きのエピソードをジャーナリスト・青木理氏が聞いた。
──美輪さんは長崎の遊郭街で育ったんですよね。
美輪:水商売の家で、隣が映画館。映画って人生を疑似体験できるんです。フランス、ロシア、ドイツ、アメリカ、監督や俳優もプロ中のプロばかりだった50年代迄の作品を見て、男女の裏側や駆け引きは商売を見て。家に女給さんが20?30人はいて、本や雑誌も山のようにある。
──女給さんが本を読むんですか。
美輪:読んでたんです。みんな貧しいけど勉強して、お互いに教え合って文字を覚えたり。たーくさん本があった。だから江戸川乱歩さんとお目にかかった時、『パノラマ島奇談』や『屋根裏の散歩者』から『人間椅子』まで全部読んでました。それでお話がスムーズにいったんです。
──江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚本で美輪さんが主演を務めた舞台『黒蜥蜴』ですね。
美輪:ですから言葉というものは歯ブラシや石鹸箱のように身近にあった。寺山修司君は半年ほど年下ですけど、「あなたのために台本を書いたからやってくれ」と言われて引き受けました。それを見た三島さんが『黒蜥蜴』を是非やってくれって。「寺山のレトリックが多くて難解な芝居を平易に、そして超絶技巧の台詞術で伝えている」っておっしゃってくださってね。
そういえば、三島さんのところの楯の会の青年が楽屋にきたことがありました。いきなり「申し訳ありませんっ」って土下座して。
──いきなり土下座を?
美輪:ええ、「楯の会の者です」って。「どうなすったの?」って聞いたら、「三島先生や川端(康成)先生のような方がオカマごときのファンなのはけしからんから、いいかげんなものだったらメチャクチャにしてやろうと思った」って。でも彼は「コンサートは泣けて仕方なかった。天才たちがファンになったのは分かりました。申し訳ない」って。
──それで?
美輪:わけの分からないオカマがやっているとか、先入観で決めてしまわれているからそうなるんでしょうって言いました。芸能の世界でもそういう方は多いんです。
※SAPIO2014年10月号