【書評】『洗脳 地獄の12年からの生還』Toshl著/講談社/1600円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
日本を代表するヴィジュアル系ロックバンド「X JAPAN」。本書はそのボーカル担当であり、自己啓発セミナーの主宰者らに心身を支配されてきたToshlの“地獄の12年間”の壮絶な記録だ。
洗脳の手口は古典的だ。バンドは成功したものの家族らとぎくしゃくしていたToshlに、後に妻となる守谷がやさしく接近。彼女に乞われてバンドを脱退して入籍を果たした彼の前に、「癒しのセミナー」を開催するMASAYAが現れる。
興味を覚えたToshlがセミナーに通い始めるやいなや、MASAYAや妻の態度は豹変、「最悪のエゴ人間」「化け物アゴ男」などの罵倒、蹴られたり踏みつけたりの暴力が始まった。これは人格を崩壊させる「解凍」と呼ばれるテクニックだ。
その後「MASAYAにお金を使ってもらうことが地球への貢献」といった考えが吹き込まれる「変革」、さらなる罵倒と暴力で新たな人格を定着させる「再凍結」と、まさに洗脳の教科書のような手順でToshlはMASAYAの絶対的な支配下に置かれていく。
とくに1999年から強制された全国のCDショップや福祉施設でのCD販売活動が凄まじい。ひとりで荷物を抱えて1日平均5~6ヶ所を回り、睡眠時間は4時間以下。「お金も心も体力も思考能力までも、すべてを奪われた、守谷、MASAYAにお金を運ぶだけのロボットと化していた」という。
その生活は2008年に再結成されたX JAPANに戻った後も続き、東京ドームでのコンサートを終えるや否や、一日の食費500円、宿泊は安ホテルという壮絶な激貧営業生活に戻る。見かねた企業の経営者が食事をごちそうしてくれたりお小遣いを手渡してくれたりしたこともあったそうだ。
結局、周囲の人の助けもあり洗脳から目覚めたToshlだが、搾取されたお金は10億円以上。「成功とは、本当の幸せとは何か」と考えさせられる。そして、ここまで書ききった彼の今後の人生が穏やかなものであるよう、祈らずにはいられない。
※週刊ポスト2014年10月10日