やっぱり北朝鮮にしてやられた。菅義偉官房長官は9月19日、日本人拉致被害者らの再調査について、「9月第2週」とされていた第一次報告が延期されたことを発表した。北朝鮮側からは、「今は初期段階であり、それを超える説明はできない」との連絡があったという。
もちろん北が約束を反故にするリスクを、日本政府も考慮していたはずである。そうしたリスクを踏まえた上で、交渉のテーブルに乗ってしまった安倍晋三首相の真意はいかなるところにあったのか。
安倍首相にとって拉致外交は、政権浮揚策の一環だったのではないか、との疑念を捨てきれない。順風満帆な政権運営を続けてきた安倍首相にとって今年は試練の夏といえた。消費増税の影響によって景気が低落していくなか、7月には集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。民意を問うことなく、憲政の大転換を進めた安倍政権に逆風が吹いていたのは確かだ。
そんな状況下、支持率回復のカードとして浮上したのが「拉致再調査」である。
思えば、国民にとって安倍首相の名が刻まれたのは、約12年前の次の発言からだった。 「北が拉致事件を認め、謝罪しない限り席を立って帰国しましょう」
これは2002年の小泉訪朝時、「拉致被害者のうち生存者はわずか5人」という北側の調査結果を告げられた際、内閣官房副長官だった安倍氏が、当時の小泉純一郎首相に強く迫った言葉だ。この不退転の姿勢が、世襲議員に過ぎなかった安倍氏の認知度を高め、後の宰相への足掛かりとなった。
拉致といえば安倍──その看板を再び掲げ、今回も国民の支持を得ようとしたわけだ。 しかし、早くも交渉は躓きつつある。12年前と同じ道を辿る可能性がある。勇ましい発言を繰り返した安倍首相は、一切譲歩を許さない日本政府の強硬路線を醸成した。結果として拉致交渉が長く中断したことを我々は教訓とすべきである。
実は、拉致交渉において安倍首相は実績が乏しい。前回の小泉訪朝を調えたのは、福田康夫官房長官と田中均・アジア大洋州局長ラインと関係者の多くが口を揃える。
「安倍首相にとって拉致交渉は外交ではなく、人気取りのための国内政策だ」と冷ややかに眺める政府関係者すらいる。
北朝鮮の対応に憤り、圧力をかけるだけではかつての悪夢が蘇る。今度こそ匙を投げることなく、忍耐強く貫徹する覚悟こそ問われよう。
予期せぬ悲劇に見舞われた拉致被害者、今回の交渉を「ラストチャンス」と祈る被害者家族のためにも、安倍首相にはパフォーマンスではない本当の外交を求めたい。
※SAPIO2014年11月号