ブームにもなった「塩麹」。しかし意外にもその特性はまだ解明中だ。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が、最新の研究成果をもとに上手な塩麹の使い方を考える。
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このところ毎年のように新しい調味料が話題になっている。決定的だったのはやはり塩麹だろう。2011年からのブームは、それまで誰からも見向きもされていなかった「こうじ」がスーパーの棚から消えるほどだった。
少し前、「和食」の無形文化遺産登録を推し進めた京都の料亭『菊乃井』の主人、村田吉弘氏の対談記事を雑誌で読んだ。「未解明の部分も多い塩麹などはもっと掘り下げる必要がある」というような内容だったと思う。そしてブームが落ち着いた最近になって、ようやく大学等研究機関の論文などが出揃いはじめた。
例えば実践女子大の食品加工学研究室では、自家製の塩麹と複数の市販品の「酵素活性」について比較している。糖質を分解して甘味を生み出すアミラーゼは、オリゴ糖などを生み出すα-アミラーゼ、ブドウ糖を産生させるグルコアミラーゼともに市販の塩麹より自家製のほうが活性が高く、とりわけグルコアミラーゼは数倍~数十倍の活性という結果が出たという。研究チームはこの結果について「加熱処理による酵素の失活」に言及した。実際、市販品でも「非加熱」と記載されたものは自家製に近い活性を示したという。
実は塩麹は広義では「発酵食品」と称されるが、狭義では「発酵」というより、酵素による糖化作用に過ぎないともいわれる。だがその「糖化作用」すら加熱してある市販品では期待できない。東北の「三五八漬け」などは材料を考えると、塩麹にコメを足して熟成させたものが漬床になるが、市販の塩麹では作るのは難しいということになる。
では、塩麹の効果としてもっとも光が当てられる、「タンパク質分解系の酵素活性」、つまり肉や魚をやわらかくする効果はどうか。実験結果では、糖化酵素ほどの差はなかったという。その理由として自家製の塩麹は「漬物用や甘酒用の白麹を使用」したことを挙げ、「糖化に適した麹を使ったことで、タンパク質分解系の結果はそれほどの差がつかなかった」「特に活性が高かったのは味噌メーカーの塩麹。タンパク質分解能力が高い味噌用の麹菌を使っている」可能性に触れた。一口に「麹」と言っても、その適性はひとつではない。
結果としてもっともタンパク質分解活性が高かったのは非加熱の市販品。僅差で自家製の塩麹が続いた。もし「肉や魚などのタンパク質をやわらかくする」ことが目的ならば、「味噌蔵から取り寄せた麹で、自家製塩麹を作る」が一般的な手法としては最強と言えそうだ。
現在、スーパーの棚には「麹」が潤沢にあふれている。そしてその間にも無数の調味料がお目見えしたり、見かけなくなったりもした。本来「消費する人」を指すはずの消費者が情報に振り回され、自身が消耗してしまっては本末転倒。塩麹が多くの人に手に取られるようになってようやく数年。一過性のブームとして消費されるには、まだ知らないことが多すぎる。