近鉄からプロ人生が始まり、ちょこっとMLBのドジャースに行った後、オリックス、中日、楽天、現在の横浜と球団を渡り歩いてきた中村紀洋、41歳。この男はファンの間で「黒ノリ」と「白ノリ」の二面があるといわれてきた。そして10月3日に横浜退団が決定した。
「普段は気っぷのいい関西の男」(球界関係者)という中村だが、実績を残すとビッグマウスを連発、オフには強気な条件闘争に望む「黒化」が起こる。
●1度目
5億円(推定)の年俸では足りないと考えたのか、「中村紀洋というブランドを考えて近鉄で終わっていいのか」という名言を残してFA宣言(結局残留)。その後ドジャースへ移籍するも活躍できず、2006年にオリックスへ復帰する。
●2度目
古巣でも条件面で揉めに揉めて、「近鉄はもう少し選手のことを思ってくれる球団だった」、「愛情がほしい」と心情を吐露。自由契約となるがどこからも声がかからず、2007年2月に中日に拾ってもらった時には、「お金じゃないですから」「中日に骨を埋めたい」とすっかり“漂白”された。
●3度目
誰もが「中日に骨を埋める」と思っていたが、2008年に条件提示に納得がいかず、「僕にもここまで一線でやってきたプライドがある」とFA宣言して楽天に移籍。当初はベテランとしてチームを引っ張る「白ノリ」だったが、2年目の2010年には選手同士の決起集会で問題行動があったと夕刊紙で報じられて雲行きが怪しくなる。この年限りで戦力外に。
●4度目
横浜入団。「代打でもブルペンキャッチャーでも何でもやる」と“驚きの白さ”を見せていた。ちなみに「横浜に骨を埋めたい」というどこかで聞いた言葉も発する。しかし度重なる采配批判が問題視され、今年5月以降は一軍に昇格することのないまま、9月に戦力構想外であると報道された。本人は現役続行を希望しているが……。
※週刊ポスト2014年10月17日号