1979年4月2日にスタートし、35周年を迎えたアニメ『ドラえもん』(テレビ朝日系)を世に送り出したシンエイ動画の元会長・楠部三吉郎氏は、原作者である故・藤本弘(藤子・F・不二雄)氏を前に、「『ドラえもん』をボクにあずけてください!」と言った日のことを今でも思い出すという。
その熱意が通じて、藤本氏から「『ドラえもん』を嫁に出す」とまで言われ、アニメ化権を手にした楠部氏だったが、当初はどこのテレビ局に話を持っていっても門前払いだったという。とはいえ、観てもらえさえすればその魅力がわかってもらえると思い、持ち出し覚悟でアニメのパイロット版を制作した。楠部氏は当時のことを、著書『「ドラえもん」への感謝状』(小学館)のなかで、こう述懐している。
* * *
大山のぶ代(ドラえもん)、小原乃梨子(のび太)、野村道子(しずか)、たてかべ和也(ジャイアン)、肝付兼太(スネ夫)、千々松幸子(のび太のママ)……。力のある声優陣です。その後、リニューアルする2005年3月18日まで、26年間にわたって、この方々には、『ドラえもん』を支えていただきました。
早速、できあがったパイロット版を先生のところに持っていきました。1978年の秋のことです。1年経ってしまったことを先生に詫びながら、声優たちと一緒に、パイロット版を観ました。特に主役の大山のぶ代さんは、先生の反応を気にしていました。
見終わった先生はひと言。
「びっくりしました。ドラえもんってこういう声だったんですね」
先生の懐の大きさに、改めて感謝しました。「嫁に出した」という言葉に嘘はなかったのです。
ひと言ふた言、言いたいこともあっただろうに、それは口にしない。そればかりか、「ドラえもんってこういう声だったんですね」と驚いてみせることで、その場を一気に和やかな空気に変えてみせる。
一発OKでした。
※楠部三吉郎・著/『「ドラえもん」への感謝状』より