野球の短期決戦は難しい。レギュラーシーズンで活躍したり、どんなに実績がある選手であっても、一度調子を落とすと復調は容易ではない。日本シリーズの64年の歴史の中では、多くの名選手たちがその「魔物」に苦しめられてきた。
落合博満といえば、3冠王を3度獲得した歴代最強スラッガーの1人である。日本シリーズに3回出場し、日本一も経験しているが、実はシリーズで一度も本塁打を打ったことがない。通算300本塁打以上の選手中、シリーズで本塁打を打てなかった唯一のバッターだ(リーグ優勝経験のない土井正博を除く)。
どんな名選手であっても、日本シリーズの魔物は牙を剥く。投手でも同じだ。『プロ野球なんでもランキング』(イースト・プレス刊)の著者で、プロ野球データに詳しいライター、広尾晃氏はこう語る。
「200勝を達成した投手の中には、日本シリーズで一度も勝ったことのない投手がいます。小山正明、皆川睦雄、北別府学、そして現役の山本昌の4人です」
その1人、シリーズに5回出場して3度日本一に輝きながら、通算では0勝5敗と不本意な成績に終わった北別府氏は、勝てなかった理由をこう語る。
「投げても中4日で2試合がせいぜいで、登板機会が少ないし、ちょっと打たれるとすぐ交代させられるから挽回できない。逆に好投しても味方が点を取れなかったりすると代打が出て降板になりますし、リリーフが打たれることもある。
1986年がそうでした。第1戦は引き分け、5戦は延長まで投げたけど、交代した津田(恒実)が打たれた。巡り合わせが悪かったですね。それが最も重要なんだけど」
この1986年の北別府には興味深い点がある。最多勝(18勝4敗)と沢村賞の2冠を獲得し、「タイトルを獲得して臨む日本シリーズ」だったのだ。
日本シリーズでは、その年のタイトルホルダーがブレーキになりやすいという傾向がある。昨年のシリーズでは、シーズンで防御率1.13、最優秀救援投手に輝いた西村健太朗が、防御率4.91と安定感を欠いた。また2012年には最優秀防御率(1.71)でパ・リーグMVPを獲得した吉川光夫(日本ハム)が0勝2敗、防御率12.15と大炎上している。
打者も同様だ。2006年に首位打者(.351)を獲得した中日・福留孝介は.200とバットが湿り、2005年の打点王(147打点)、阪神・今岡誠はわずか1打点と大ブレーキになった。
タイトルホルダーはなぜ日本シリーズで力を発揮できないのか。野球評論家の江本孟紀氏はこう語る。
「日本シリーズのような短期決戦ではまず穴を見つけることが重要だが、それはタイトルホルダーが狙い目なんです。シーズンで活躍したという自負があるから、シリーズの初登板や初打席で失敗させると、“俺は研究されている”と疑心暗鬼になり、どんどん崩れていく」
※週刊ポスト2014年10月31日号