【著者に訊け】『極卵』仙川環/小学館/1620円
物語は吉祥寺の自然食品店から始まる。店頭に積まれているのは、4個入り1000円の高級卵「極卵」だ。江戸時代の地鶏を研究所が復活させ、養鶏場が薬を一切使わずに生産した。ところが、安心安全なはずのその卵が食中毒を起こす。
元新聞記者の桐子が取材を進めると、意外な事実が次々に発覚。結末まで一気に走り抜ける。
仙川さんが食の安全を取り上げたのにはわけがある。6年前、「中国毒入り餃子事件」が報道された前日に、同じ冷凍餃子を食べていた。底知れぬ恐怖を感じて、食の安全にこだわり始めた。添加物の多いハムの代わりに塩豚を作り、米作りにも参加し、近所の農家の指導で野菜を自給自足した。
「わかったのは無農薬の大変さ。虫がブワッと発生したので、一定量の農薬は使うようにしました。適切な量と使用法を知っていれば農薬も怖くない。何がどうなっているのか、わからないのがいちばん怖いんです」
作中には、高くても無添加の食品を購入する、カリスマ主婦の純子も登場する。「極卵」を食べさせた息子が食中毒になったことから消費者団体を信じ込み、利用されてしまう。
「不安につけこまれる側の気持ちもわかる気がします。でも、純子のように食の安全を気にしすぎると、外食も楽しくないし、何もできなくなってしまうんです」
仙川さんの安全へのこだわりはその後、落ち着いたが、当時の不安感が登場人物の心情にリアルに投影されている。
医学系の大学院に学んだ仙川さんは、新聞記者として医療や科学の取材をしてきた。小説を書くことは、気になる問題を深く考えるきっかけになるという。
「第三者として考えているより、小説の登場人物に考えさせたほうが、当事者意識を持てるんです」
遺伝子組み換えはありか、なしか、農薬は使うか、使わないか。桐子と事件の謎を追ううちに、読み手の側も考えさせられ、足元が揺らぐような感覚を味わう。
一人の消費者の目線で書こうと、消費者団体の集まりにも参加した。勉強熱心でまじめな人が多いが、なかには疑うことを知らない人もいる。
「正しいか、間違いかの二つに分けることが難しい、面倒な時代になっています。偉い人が言ったことも、信じ込まずにいろいろな角度から考えて、自分なりの落としどころを見つけるのが大切だと思いますね」
真剣な面持ちでそう語る一方、「食の安全の前に、私はお酒を飲みすぎで…(笑い)」と男前な一面も。正義をふりかざす者に果敢に挑み、真実を追究する桐子と仙川さんが一瞬重なった。
(取材・文/仲宇佐ゆり)
※女性セブン2014年11月6日号