今年のプロ野球で、注目の安樂智大投手は楽天、有原航平投手は日本ハムが交渉権を獲得した。あなたが注目していた選手は指名されただろうか。高校野球取材20年、フリーライターの神田憲行氏が注目したひとりの選手を紹介する。
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指名選手の名前を映すモニターに、ソフトバンクホークスの1位に盛岡大付属の松本裕樹投手の名前が浮かんだのをみて胸が熱くなった。この夏、私を救ってくれた選手だ。
松本投手は岩手大会で150キロを計測、本格右腕として注目を集めた。甲子園の初戦前、松本投手の後ろに回ると背筋が盛り上がっているのがわかった。松坂大輔みたいだった。だが試合でフタを開けてみると、球速は130キロそこそこ。ときおり140キロ前後が出る程度で、変化球投手になっていた。
原因は岩手大会の決勝で痛めた右肘だった。もともと野球センスは抜群なのだろう、そういう「手負い」の状態でも緩急とコーナーワークで初戦の相手の東海大相模を退けた。しかし、次戦の敦賀気比戦では打ち込まれて、1対16で大敗を喫した。
投手の肩と肘の問題を取材していた私は、試合後、お立ち台の真ん前に陣取って松本投手に肘について取材した。その記事が「NEWSポストセブン」8月24日に書いた「高校球児の肩と肘 企業広告導入や観客席値上げで守れないか」である。
「肘はいつから痛いのかな」
「具体的にどこが痛いの」
「どういう動作をしたら痛い?」
など、恐らく彼が触れて欲しくないであろう質問を、私は最前列から次々と浴びせていった。最後の夏の想い出も、本来の力を発揮できずに甲子園を去る悔しさも、質問しなかった。胸の中で、
「ごめんごめん、君は俺のこと嫌いだろう。でもこの質問は君の後輩たちの身体を考えるために必要な質問なんだ」
手を合わせながら質問していた。
取材中に松本選手に熱中症対策用のペットボトルの水が手渡された。質問を中断して、
「良かったら、飲んで下さい」
と私がいうと、松本選手がお立ち台の上から私の目をまっすぐ見て、初めて微笑みながら、
「ありがとうございます」
救われた、と思った。初めて見る松本選手の笑顔は愛嬌があった。
入団してまず肘の具合のチェックからだろうか。春のキャンプからばんばん投げるというわけにはいかないかもしれない。他の新人選手がブルペン入りするのを横目で見ながら、ランニングする臥薪嘗胆の日々が続くかも知れない。
指名直後に紹介された王貞治会長のコメントがまた、広くて大きい。
「ゆっくりやればよい」
球界随一の人格者の言葉に偽善はない。言葉通り、ゆっくりやればいいのだ。