【書評】『柳瀬正夢全集 第2巻』柳瀬正夢全集刊行委員会編/三人社/1万8000円+税 装丁/竹中尚史
【評者】大塚英志(まんが原作者)
かつて上海にあった内山書店の研究をしている中国の友人によれば、購入記録から魯迅がここを通じて柳瀬正夢の本を買っていたことが確認できるという。魯迅は板垣鷹穂の新刊も日本からとり寄せてたそうで、大正アヴァンギャルドの「その後」が内山書店経由で中国に届いたことの意味は友人がいずれ論じるだろうが、その柳瀬の全集が刊行中である。
大正アヴァンギャルド、プロレタリア芸術運動、モダニズムの一形式としてのまんが(変名で「パン太の冒険」という連載まんがを書いている)、フォトコラージュ、『コドモノクニ』の童画と、この全集で明らかになるであろう柳瀬の仕事の足跡は、そのまま大正から昭和初期のアヴァンギャルドに出自をもつ芸術家の「その後」の軌跡の、言い方は悪いが一つの典型のように感じる。浅学なぼくなどは柳瀬の軌跡を追っていくことでこの時代の文脈の推移をようやく実感できるのだ。
例えばぼくがよく問題にする、アヴァンギャルド芸術家として村山知義らと裸で逆立ちをしていた高見沢路直が、やがて田河水泡になっていくことや、その田河がまんがで何をしようとしていたのかは、柳瀬のまんがとの対比で見えてくる部分がある。
柳瀬の作品「貨物自動車」の引用が初期の『のらくろ』にあることはよく学生に話すが、それが美術雑誌『みづゑ』の表紙にも採用されていることが全集で改めて確認できると、その「引用」が成立したニュアンスが実感できる。田河がらみでいえば最末期の『のらくろ』の妙な暗さはある種の社会主義リアリズムなのだよな、とも柳瀬を傍らに置くと見えてくる。
「全集」は柳瀬の仕事を時系列的に粛々と網羅していく計画のようで、この全集自体が大正アヴァンギャルドから十五年戦争下の視覚メディアを理解していく上での歴史像の提示になっている。それを解説など一切加えず、ただ柳瀬の仕事を並列していくという「編集」者たちの態度にもぼくなどは感動する。
※週刊ポスト2014年11月7日号