【書評】『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』/角岡伸彦/小学館/1512円
【評者】中村計(ノンフィクションライター)
死後、さまざまな媒体で、歌手・やしきたかじんの豪放な性格を示す酒や金にまつわるエピソードを見聞きした。例えば、同書にも紹介されているが、ぼったくりバーで法外な金額を請求され「もっとぼったくらんかい!」と粋な男っぷりを見せつけたという逸話はその典型だ。著者はそうした類の伝説に、こう疑義を唱える。
〈そこには必ず、武勇伝を広める誰かがいた〉
ところが、広めたと想像される張本人たちは、本書にほとんどと言っていいほど登場しない。あとがきで、こう明かす。
〈肉親・親族やテレビ局、制作会社、芸能人、芸能レポーターに取材依頼をしたが、ほとんど断られた。(中略)あたかも鍼口令がしかれているかのようだった〉
著者は武勇伝の間にこぼれ落ちたエピソードを丹念に拾い集め、もう一人のやしき像を紡ぐ。例えば、お金で困っている知人に現金で数千万円をポンと渡したという話がある。これまでは、その逸話だけが伝説として一人歩きしていたが、その後、相手が恐縮し返却するとあっけなく応じたという続きまで書く。
著者は、権力に抗う振りをしながら権力に擦り寄り、またタブーなきトークを売りにしながら父が在日韓国人だったことを終生隠し続けたやしきの二面性を見逃さない。もっと言えば、批判的だ。
同書で描かれるやしきは、世間に流布する豪快で粋で人情に厚い印象とは逆に、小賢しく見栄っ張りで軽薄だ。しかし、スターとはそもそも虚像であり、人の裏側を恐れず書くことで彼の人間味は削がれるどころかむしろ増している。
※女性セブン2014年11月13日号