日韓関係はいまだ氷解の兆しが見えない状況にある。安倍晋三首相は朝日新聞が慰安婦虚報を認めたことに気をよくしているようだが、この問題に関していえば安倍首相が朝日新聞と同様に「慰安婦の嘘」を世界に広めた張本人であることを忘れてはならない。
旧日本軍による慰安婦の強制連行がなかったことは事実だが、安倍氏は説得材料も説得力もなしに声高に吠えたため、これまでに2度も袋叩きに遭い、結果的に嘘を拡散・定着させる役割を果たしてきた。
1度目の敗北は第1次安倍政権時代。慰安婦の強制連行を否定するために「狭義の強制」なる言葉を使ったことが厳しく批判された。その結果、2007年4月に米国のブッシュ大統領(当時)と会談した際に自ら慰安婦問題を切り出して「人間として首相として心から同情している。そういう状況に置かれたことに申し訳ない思いだ」と述べた。
それに対しブッシュ大統領は「首相の謝罪を受け入れる」と返答。この会見を通じて世界は「慰安婦は性奴隷で、日本の首相が謝った」と受け止めた。朝日新聞が軍による強制連行を報じた記事が虚偽だったことを認めても、世界から「日本は過去に首相が謝っているじゃないか」と指摘される原因の一つは、この時の安倍首相の失態にある。
2度目の敗北は2012年の第2次安倍政権発足前に端を発する。自民党総裁選に出馬を表明した際、首相になった場合には河野談話(※注)を見直す考えを示した。しかし今年3月14日の参院予算委員会では河野談話を「継承する」と答弁し、前言を翻した。
【※注】河野談話:慰安婦の募集や移送、慰安所の設置や管理に旧日本軍が直接・間接に関与したことを認めて謝罪した内閣官房長官談話。1993年に当時の河野洋平・官房長官が発表した。
折しもオランダ・ハーグでの日米韓首脳会談の直前であり、アメリカに圧力をかけられて韓国側に秋波を送ったわけだが、同25日に行なわれた会談冒頭では笑顔で韓国語で挨拶した安倍首相に対し、韓国の朴槿恵・大統領は仏頂面のままで目も合わせなかった。
そして3度目の敗北も懸念される。9月末からの臨時国会では「河野談話発表後の会見」を問題視し始めた。10月21日の参院内閣委員会で菅官房長官は、1993年に河野氏が会見で慰安婦の強制連行を認める発言をしたことを「大きな問題」として「否定」すると述べたのだ。一方で、翌日の記者会見で菅氏は河野談話の継承は変わらないとも述べている。
「談話は継承するがその後の会見を否定する」というのが安倍首相の新たな戦略なのかもしれないが、それが世界に通用する可能性はゼロに近い。威勢のいい言葉で国内保守派の支持を集めるたびに国益をかなぐり捨てているにすぎない。
※週刊ポスト2014年11月21日号