日銀が追加金融緩和に踏み切った。市場関係者もマスコミも予想していなかったタイミングだ。意表を突いた緩和だっただけに円安も株高も急激に進んだが、だからといって、日銀に「してやったり」という高揚感はない。
それもそのはずだ。今回は周到に用意した追加緩和というより、景気に強気だった黒田東彦(はるひこ)総裁が追い詰められた末の決断であるからだ。
はっきり言うが、市場関係者や経済記者に今回の緩和の意味は読み解けない。なぜかといえば、これは景気対策であると同時に、消費税再引き上げをめぐる官邸との政治的駆け引きであるからだ。
まず黒田総裁はなぜ強気だったか。増税論者の総裁としては、増税決定前に緩和すれば景気悪化を認める結果になってしまう。それでは増税できないから弱気論を吐けない。増税が決まった暁には、追加緩和も迫られる。そのときに備えて緩和ダマはとっておく。それが理由だ。
日銀は景気動向だけをみて政策判断すべきなのに、政府が決める消費増税に影響を与えようとして、自分の政策判断を歪めていたのである。
では、なぜ緩和したか。消費支出の悪化が象徴するように景気悪化はもはや覆い隠せない。放置すれば崖から転落した状態になって、増税がいよいよ遠のいてしまう。そうなってからでは遅い。だから、これまでの強気論をかなぐり捨てて緩和せざるを得なかった。そういう事情である。背景には財務省との連携もあったに違いない。
一部のマスコミは「緩和の副作用が心配だ」などと言っている。これは大ボケとしか言いようがない。遅きに失したとはいえ、景気の実態を見れば緩和でテコ入れするのは当然ではないか。
では、消費増税はどうなるのか。マスコミは「追加緩和は消費増税への環境作り」といった解説も流している。これまたトンチンカンの二重奏だ。どうして緩和が増税の環境作りになるのか。
景気が悪いときには金融を緩和し、財政も減税や歳出拡大でテコ入れを、逆に過熱したら金融を引き締め、財政は増税か歳出削減というのは経済政策のイロハである。
金融を緩和しながら増税するのは互いに効果を打ち消す矛盾した政策であり、世界からはまったく理解されない。実際、米国政府やニューヨークタイムズ、フィナンシャルタイムズ、エコノミスト誌などはそろって「増税を先送りすべし」と主張している。
強気だった日銀さえも緩和せざるを得なくなったのは、景気が悪化しているなによりの証拠である。そもそも日銀総裁が政府の仕事に口を出すのが間違いだった。これで増税の環境作りどころか、安倍晋三政権が一層のフリーハンドを持ったのは間違いない。
■文/長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年 新聞は生き残れるか』(講談社)
※週刊ポスト2014年11月21日号