慰安婦報道の誤報を認めた朝日新聞は、「慰安婦問題の本質は強制連行の有無ではなく女性の人権だ」と言い出した。国内では、「この期に及んで何を」という意見が大半だろうが、その論点すり替えを最大限利用しようとしているのが、韓国である。
今年9月末、ソウルで「世界憲法裁判会議」第3回総会なるものが開かれた。世界100か国余りの憲法裁判機関の代表や関連する国際機関の関係者数百名が集まった国際会議で、開幕式には朴槿恵大統領も出席した。
ちなみに、通常の裁判所が違憲審査を行ない、特別の憲法裁判所を持たない日本やアメリカなどは参加していない。
その総会で韓国の憲法裁判所の朴漢徹所長が「アジア人権裁判所」の設立を提唱した。人権裁判所と名のつく国際機関は欧州、米州、アフリカにあり、加盟国が人権条約を結ぶなどして、そこで保障された権利が加盟国によって侵害された場合、加盟国や個人が裁判を申し立てることができるようになっている。
韓国紙の報道によれば、それらと同様のものを設立しようという提唱に対し、アフリカやアラブやロシアからの参加者が共感を示し、実際に設立されればソウルに本部が置かれる可能性が高いという。
実は「人権」については様々な解釈があるのだが、朴漢徹所長の発言は普遍的な価値の尊重を装いつつ、その実、日本に対する国際的な包囲網を築こうという、極めて政治的な思惑に充ち満ちている。
朴所長は総会で、「我々アジア人は、戦争の残酷さと戦争中になされた女性に対する人権蹂躙を目撃しており、今もまだその苦痛が続いている」と述べた。
名指しこそしなかったが、そこで言う「戦争」が第2次世界大戦を、「女性に対する人権蹂躙」がいわゆる従軍慰安婦問題を指していることは言うまでもない。実際、朴所長は2013年11月、ハーバード大学での講演で「従軍慰安婦制度は日本政府が介入した戦争犯罪であり、1965年の日韓請求権協定は適用されない」と主張しているのだ。
そうした発言や判決を見れば、朴所長、そしてその背後にいる韓国政府の真の狙いが、「アジア人権裁判所」で従軍慰安婦問題を取り上げ、日本を「反人権」国家と位置づけることにあるのは明白だ。
実際、総会について報道した韓国紙は、「日本軍慰安婦問題を地域国家が参加する人権裁判所の設立の必要性を後押しする事例として提示した」と書いている(ハンギョレ新聞)。
もちろんこの動きが、「慰安婦問題は女性の人権問題」と言い出したことと軌を一にしているのは言うまでもない。彼らは、強制連行の有無を論点にできなくなったがゆえに、定義があいまいで使い勝手がいい「人権」という言葉を持ち出したのだ。
●文/八木秀次(法学者・麗澤大学教授)
※SAPIO2014年12月号