気付かないうちに便が漏れていたり、トイレに間に合わないのが便失禁だ。外出もままならず、日常生活に支障が出るうえ、羞恥心や自己嫌悪をもたらす。分娩による肛門括約筋や神経の損傷、直腸がんや痔の手術、脊髄の障害などが原因の排便障害だが、実際は原因がわからない特発性が多い。患者は成人の2~7%といわれ、日本では約500万人と推計されている。
東京山手メディカルセンター(旧社会保険中央総合病院)大腸肛門病センターの山名哲郎部長に話を聞いた。
「便失禁は様々な原因により、肛門括約筋の力が低下するだけでなく、便意に対する感覚も鈍くなることで起こります。飲酒による軟便の方や便の回数が不定期な方も症状が出やすいようです。欧米では専門医も多く様々な治療法が研究されていますが、日本は診療に携わる医師が少ないため、悩みを抱えても治療していない方が多いのが現状です」
治療は定期的な排便習慣の指導や骨盤底筋や括約筋の筋トレなどの理学療法、便を硬くする薬物療法などが行なわれる。それらの治療で約6割が便失禁の回数が減少するが、改善しない場合は、ほかに治療方法がなかった。
2014年4月、便失禁の新しい治療として仙骨神経刺激療法が保険承認された。仙骨は腰椎の下に繋がっている逆三角形の骨で、骨盤を形成している。仙骨には孔があいており、脊髄に繋がる仙骨神経がその孔から出ている。5本ある神経のうちの3番目の神経が肛門の方に伸びて、直腸や肛門の感覚や運動を担っている。
治療は仙骨神経に向けて殿部からリード線を挿入し、心臓ペースメーカーに似た器具を皮膚の下に埋め込み、微弱な電流を流して仙骨周辺の神経を刺激する。この治療は2段階で行なわれる。1回目の手術でリード線を挿入する。数ミリずれても効果が得られないため、レントゲンを見ながら慎重に行なう。
その後、2週間体外から微弱な電流を流す。これで症状が軽減することが確認された時点で、改めて器具を埋め込む手術を行なう。刺激の強さは専用の機器を使い、体外から調整できる。
「2011年に、6か月以上便失禁が続いている21人の方を対象に治験を行ないました。術後6か月では、平均便失禁回数が1週間に14.9回から、3.1回と5分の1に減りました。85.7%の症例で治療有効と判定されました」(山名部長)
手術は1回目、2回目とも3~4日程度の入院が必要だ。大きく切開するわけではないので、感染などの合併症はほとんどない。体内に器具を埋め込むので、頭から下のMRIはできない。この治療は脊髄損傷が原因の便失禁では、効果が得られにくい。
講習を受けた医師のみが治療を実施できるため、治療できる施設が限られている。ほかに治療法がなかった中等度や重度の便失禁患者に対する治療法として、徐々に普及していくものと期待されている。
(取材・構成/岩城レイ子)
※週刊ポスト2014年11月28日号