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【書評】 介護文学の傑作であると同時に地方語文学の到達点

【書評】『ペコロスの母の玉手箱』岡野雄一著/朝日新聞出版/1200円+税

【評者】関川夏央(作家)

「ペコロス」は小タマネギ。すっかりハゲてそっくりと著者・岡野雄一の、やや自嘲的な自称だ。「ペコロスの母」みつえは一九二三年生まれ、天草の農家の長女で、子守と牛の世話ばかりの少女時代を送った。戦争中、三菱造船勤めの青年に嫁いで長崎に住んだが、「よか人やったが、弱か人やった」夫は酒乱だった。苦労してペコロスと弟を育てあげた。

 六十代で酒をやめた父は笠智衆そっくりになり、二〇〇〇年、八十歳で死んだ。その頃から母はボケはじめた。ボケとは、記憶の整序が失われる状態だ。少女期も若い主婦の時代も、自在に現在に入り込む。そんな記憶のありかたを著者は「玉手箱」と呼んでいる。

「おたくは出なった(出られた)ネ」「うちはこの前出なった」――夫に先立たれた主婦たちは、「出る」のを心待ちにする。超常現象ではない。ただ日常の自然なのだ。ペコロスの母は死んだ父といっしょに、ときどき階段坂の上まで行き、長崎の港を眺めた。

 著者は四十歳で離婚、子連れで長崎に帰った。自分が編集する「ナイト系」タウン誌に、母の日常を八コママンガにして載せた。年配のバーのママたちが読んで、泣き笑った。それをまとめた前作『ペコロスの母に会いに行く』は二十万部売れた。八十六歳の森崎東監督が映画化すると、昨年度の「キネ旬」一位になった。

 母の認知症は進行したが、ペコロスの認知度は六十を過ぎて急上昇した。これでいいのかと悩んでいるとき、日米を往復しながら父親の介護をした詩人の伊藤比呂美に、「後ろめたさも全部含めて介護」といわれ、救われた。

 続編『ペコロスの母の玉手箱』は、母がグループホームに入ってからをえがく。ものを食べられなくなった母に、迷った末「胃ろう」造設を決断した。が、罪の意識を引きずった。母は一年半後の一四年夏、九十一歳で逝った。『ペコロス』の二冊は介護文学の傑作である。同時に、地方語文学の到達点でもある。

※週刊ポスト2014年11月28日号

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