東京都心から車で2時間、利根川が南北に縦断する群馬県渋川市のその一戸建てには、「喪中」を示す白い半紙が玄関に貼られていた。この家は、松田聖子(52才)の夫で、慶應大学医学部准教授・A氏(52才)の実家だった。
11月12日の早朝、A氏の父親が、散歩途中に倒れ、そのまま亡くなった。聖子にとって舅となるA氏の父親は、地元の渋川市では名の知れた獣医で、東京にも広大な土地を持つ名士の一族とあって、17日に行われた通夜には、多くの参列者が集まった。
「Aさんと一緒に、聖子さんも親族席に座られていました。涙をこらえるようにして、参列者全員に深く頭を下げているのが印象的でした…。聖子さんのお母さんも参列されていました」(参列者のひとり)
翌18日の告別式でも、聖子のこんな姿が目撃されている。
「参列者への会葬御礼は、聖子さんが渡していました。葬儀後のお清め膳でも、聖子さんが全員にお酌をして回って…。Aさんは長男ですから、その妻として、一生懸命に夫を支えていましたよ」(別の参列者)
だが、斎場の親族の中には、そんな彼女を複雑な想いで見つめている人がいたという。A氏の知人がこう語る。
「2012年6月に結婚したふたりですが、これは、聖子さんの猛アタックによる略奪婚だったんです。もともと、Aさんには妻と2人の子供がいたんですが、聖子さんとの交際がきっかけで、2010年5月に離婚していますからね。Aさんの親族の中には、妻と子供を捨てた彼に対し“一族の恥”と吐き捨てる人もいるほどです。
そんな親族にとって、彼以上に複雑な思いを抱く存在が、妻子持ちであることを知った上でAさんにアプローチをかけた聖子さんなんです。今回の葬儀に関しても、嫌悪感をあらわにする親族もいたといいます」
緊迫した斎場の中、針のむしろのような空気に、聖子はじっと耐えていたのだろうか。彼女にとって、この義父は、なにがあっても最後を見届けたいと思うほど、特別な存在だった。
「多くの親族が結婚に反対するなか、Aさんのお父さんは、“息子が選んだ相手ならいいじゃないか”って、快く迎え入れてくれたそうなんです。そんなお義父さんに聖子さんはずっと感謝していて、毎年お歳暮を贈ったり、ご両親をコンサートに招待することもあったといいます。
今年の9月にも、Aさんと一緒に旅行したハワイで、ご両親も合流して、4人で食事をしたそうです」(聖子の知人)
※女性セブン2014年12月4日号