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【書評】「陰謀論」は複雑化していく世界を解読する「アプリ」

【書評】『世界陰謀全史』海野弘著/朝日新聞出版/1900円+税

【評者】香山リカ(精神科医)

 私事になるが、私のもとには日々、ツイッターなどで「おまえのような反日分子が日本人であるわけはない」などと書かれたメッセージが届く。中には医師や教育者と思しき人が壮大なストーリーの中に私を位置づけて非難を寄せてくることもあり、いわゆる陰謀論を語る人々の情熱には驚かされるばかりだ。なぜ人はかくも陰謀論にのめり込むのか。

「怪奇と幻想」を軸とするヨーロッパ文化史の第一人者、海野弘氏による「陰謀論から見た世界史」である本書の最初のページに、その答えがズバリ書かれている。

「世界は謎である。世界は秘密と陰謀に満ちている。そのような世界を解読したい、はっきり見たいと思う時、陰謀論という〈アプリ〉が必要となる」

 そして、近代以降、世界が複雑化、部分化していけばいくほど、「ばらばらの部分をつないだ統一的な理論が求められ」「陰謀説はそのため呼び出される」というわけなのだ。

「なぜ今、陰謀論か」という問いへの明快な答えを手にした後は、「フリーメイソン」「テンプル騎士団」に始まり、十九世紀末のオカルト陰謀論、そして舞台をアメリカに移した財閥の陰謀論など、主に欧米で生まれた陰謀論を、高みの見物とばかりに面白く読むことができるだろう。

 しかし、ところどころにドキッとするような記述もある。たとえば、ナチの誕生に一役買ったのは、民族性を強調する「〈フェルキッシュ的〉偏向」だと著者は言う。十九世紀までの統一前のドイツは「ドイツ人らしさ」に強いあこがれを抱いたが、それは「現実ではなく、見えない、神秘的なもの」である必要があり、そのような「幻想の〈ドイツ〉を待望する夢」が呼び出したものこそナチだった可能性を著者は指摘している。だとしたら、冒頭の私への非難ともどこか通じるものではないか。

 末尾で著者は言う。「二○○○年以後、いわば、誰でも陰謀史家になれる時代になったのかもしれない」。私にはとても、これを笑って読み流すことはできなかった。

※週刊ポスト2014年12月5日号

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