一塁・王貞治、二塁・土井正三、三塁・長嶋茂雄、遊撃・黒江透修。時代を代表する選手が揃っていたV9巨人の内野陣は圧倒的な実力もさることながら、ケガに滅法強く、ほとんど試合を休むことがなかった。そこに控え選手が入り込むには“特殊技能”が必要となる。内野の4ポジションすべてを守り、V9 後の長嶋監督にも重宝された守備職人、上田武司氏が長嶋氏と三遊間を守った思い出を語った。
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長嶋さんとは何度も三遊間を守りました。長嶋さんは僕らとは違う独特の“勘”の持ち主でした。
甲子園での阪神戦で、ピッチャーは高橋一三。試合中、長嶋さんが、「おい武司、もっと三遊間に寄れ」といってきました。指示されたのは、定位置からかなり離れた場所だったので僕が戸惑っていると、長嶋さんは「もっとだ!」と、ほとんど三遊間のど真ん中の位置を指示してきました。
こっちが躊躇しながら移動して守っていると、そこにドンピシャで打球が飛んできたんです。長嶋さんは「そーら見ろ」と満面の笑みを浮かべていた。相手の打者の打球が、高橋のシンカーを引っかけて三遊間のその場所に来ることが分かっていたというんです。
こんなこともありました。長嶋さんは足の速いバッターが打席に入ると、わざとベースより後ろに守備位置を下げてじっとしているんです。ベンチから「もっと前に出ろ」と指示が出ても、まったく無視です。
だがピッチャーが投球を始めると、同時に猛ダッシュする。バッターがセーフティバントしたボールを捕球して素早く一塁へ送球してアウト。スタンドは拍手喝采です。長嶋さんはどうやればお客さんが喜ぶか、そればかり考えてプレーしていたんじゃないでしょうか。普通ならエラーをしたくないと緊張して、そんな余裕はありませんよ。
※週刊ポスト2014年12月5日号