【書評】『お任せ! 数学屋さん2』向井湘吾/ポプラ社/1500円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
私はフィクションをあまり読まないのだが、この本はフィクションとノンフィクションの中間だ。数学がいかに実生活のなかで役立つのかということを、学園ドラマのなかで読者に実感させる仕掛けが施されている。
著者は、東大卒で数学オリンピックの本戦にも出場した数学の達人だ。物事というのは、本物の達人が色々言いたいことをぐっとこらえて、エッセンスだけを伝えようとしたときが、一番分かりやすい。高性能の車が、余力を十分残して走る時が、一番乗り心地がよいのと同じだ。
私がこの本を読んで真っ先に思い出したのは、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎が書いた「光子の裁判」という小説だ。密室殺人事件の犯人として起訴された光子に検察が「どちらのドアから部屋に入ったんだ」と聞くと、「両方のドアから同時に入りました」と光子は証言する。
検察は激怒するが、やがて裁判が進むにつれて、光子の証言が真実であることが明らかになるという筋書きだ。実は光子は光の粒子で、量子学を説明するために書かれた小説なのだが、この小説で私は少し量子学が分かった気がした。
この本は、ずっと分かりやすい。一つは、難しい数学理論を扱うのではなく、数列とか、三角関数とか、中学生で習うレベルの数学が採り上げられていること。そして、もう一つは、ごく普通の学園生活のなかで生じる課題の解決に、数学的思考を持ち込んでいるためだ。「不登校の生徒を救いなさい」とか「乙女心を理解しなさい」といった一見数学と縁のないようにみえる課題に、数学的思考を持ち込んで解決しているのだ。
正直言うと、私は元理科系で、数学が最も得意な科目だったので、ここで書かれている数学のことは全部知っていた。それでも小説として十分楽しい。ただ、本書が一番お薦めなのは、数学が不得意だった人だ。確かに数式は出てくるが、丁寧に、かつ自然にストーリーのなかに数学が織り込まれているので、少なくとも分かった気分にはさせてくれるだろう。
※週刊ポスト2014年12月12日号