横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて37年を経た。拉致被害者はもちろんのこと、体力の衰えを考慮し、2014年内の講演をすべてキャンセルしたご両親の横田滋さん(82)・早紀江さん(78)ら家族を思えば、全面解決をこれ以上先延ばしにしてはならない。
だが、そんな思いをあざ笑うかのような秘密メモを入手した。
北朝鮮の一連の対応を見ると、拉致問題を最重要課題の一つに掲げ、解決に向けた糸口をつかもうとする安倍政権を上から目線でなめきっているのは明らかだ。
そうした北朝鮮の姿勢をはっきりと示した内部文書がある。9月29日、中国・瀋陽で日本と北朝鮮の外務省局長級会談が行われた際、北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が、日本側の関係者と非公式な懇談を行った際の記録だ。
酒好きで知られる“北のスポークスマン”宋氏だが、この日は酒を交えたオフレコの懇談でいつもより気が緩んだせいか、かなり饒舌に日朝関係や拉致問題などに関する見解を述べている。
そこでは、拉致問題を「たいした問題ではない」と言い放つなど数々の暴言・暴論を吐いており、北朝鮮が拉致問題にまともに向き合おうとしていないことがよくわかる。
宋氏は、日本による植民地支配の歴史から、北朝鮮の人々には「土地や文化を奪われた記憶が残っており、日本に対する国民の印象はよくない」とし、そうした背景が拉致問題を招いたと指摘している。
植民地支配の苦しみに比べたら日本人拉致など取るに足らない問題だとする、北朝鮮お得意の典型的な「すり替え論法」だが、宋氏は外務省で日本との国交正常化交渉を担う責任者だ。その人物が「それ(植民地支配)を考えれば、拉致問題など何でもないと思える」と発言してしまうのだから、協議の進展など望むべくもない。
「8人死亡、4人未入国」の見解についても「詳細はわからない」としたうえで、こう発言している。
「死んだ人間は帰ってこない。それよりも1億2000万人の安全の問題を考えるべきだ」
「死んだ人間について詳細がわかったところで、それが1億2000万人の安全に役立つのか」
横田めぐみさんをはじめ、死亡とされた8人を「死んだ人間」と断定し、それにこだわれば武力攻撃に発展しかねないと脅しをかける。
そうした物言いを聞けば、北朝鮮側の「過去の調査結果にこだわらない」とする説明が単なる口約束なのではないかという疑念が生じてくる。
特別調査委員会についても「きれいに調査をし終えたい」と述べただけで、何をもって「きれい」とするかには一切触れていない。「(特別調査委員会を)日本に生中継してもらっても構わない」と語っておきながら、実際に協議は内容に乏しく、そもそもがパフォーマンスにすぎなかったこともうかがわせる。
●文/岸建一(ジャーナリスト)
※SAPIO2015年1月号