偏差値35の高校生を1年2カ月で東大合格へと導いた実績を持つ、いま注目の受験コンサルタント、時田啓光氏。氏は自身の実績から“東大合格請負人”を名乗るが、大手予備校に所属する講師ではない。口コミや教え子の紹介などによる家庭教師や塾講師など、草の根的な指導を通じて、1200人以上の生徒を教えてきた。生徒一人ひとりに向き合う指導は親たちからの信頼も厚い。本格的な受験シーズンを前に、時田氏の受験哲学を聞いた。まずは【前編】をお届けする。
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――偏差値35の高校生が東大に受かるまでの経緯を教えてください。
時田:別の生徒からの紹介で、彼の家庭教師を頼まれたんです。お母さんに会うと第一声、「うちの子は馬鹿なんです、馬鹿なんです……」って、申し訳なさそうに仰いました。でも、初めて彼の部屋に入った瞬間に私は、「この子、東大くらいは受かるんじゃないか」って思ったんです。
――部屋を見て、東大に受かると思われたと。部屋には何があったのでしょう。
時田:360度、野球だったんです。彼は野球が大好きで、プロ野球のポスターからフィギュア、バット、グローブ、ゲーム、観戦ノートなど、野球に関するありとあらゆるもので部屋が埋め尽くされていた。このくらい何かに熱中できる子、周りから“〇〇バカ”って言われるような子は私の経験上、とてつもない力を持っているんですね。
一つことを突き詰める過程には、必ず試行錯誤があります。疑問が生じたら調べるとか、壁にぶち当たったら新しい道を探ったり、克服したりという問題解決を、日々行っています。だから私は“〇〇バカ”の子が持つ高い問題解決能力を意識化してあげて、勉強に応用していくんです。
――野球を勉強に応用するとは、具体的にどうするのでしょうか。
時田:最初は、いわゆる受験勉強をしませんでした。野球について存分に話してもらったんですね。例えば今シーズンはなぜあのチームが強いの? と聞く。どんどん質問をぶつけて、どんどん答えてもらう。人を言葉で納得させるには、最低限、「国語力」と「数学力」が必要です。文章で表現する力は国語力であり、情報の取捨選択をするのは数学の力なんです。そうやって国語力と数学力を鍛えていきました。
それから彼は、あらゆるプロ野球選手の打率、防御率を覚えていたんですね。計算は苦手と言っていましたが、打率や防御率がわかるということは、少しヒントを与えれば、数字もわかるようになるんです。
――歴史など、記憶力が必要な科目はどうしましたか。
時田:歴史も野球を活用して覚えていきました。「ピッチャーってどういうタイプ?」と聞くと「積極的でオレ様な人」と言う。「戦国武将でいうと誰かなあ」「信長だね」となる。「キャッチャーはどっしり構えていて全体を見渡すことのできるタイプだよね」「じゃあ家康かな」と。「信長の後ろに控えているのが明智だから、明智はセカンドだね」とか。そんな会話を通じて、彼は次第に歴史に興味を持っていきました。
いまお話したのは単純化した一例ですが、つまり大事なのは“関連付ける”ことです。自分が好きなあれと勉強は一緒なんだな、と気付くと、子供は興味を持つようになる。勉強への苦手意識や抵抗感が薄まってくる。すると自分で勝手に調べたり、質問を始めるんです。彼は当初、東大を目指したわけではなかったのですが、そこから急速に伸びました。でも、彼よりももっと変わったのはお母さんです。
――お母さんが変わると、子供の成績にどう影響しますか。
時田:「うちの子、馬鹿なんです、ダメなんです」って言っていたお母さんが、子供の成績が上がるのを見て、ニコニコするようになる。短所だと思っていた子供の特徴が長所だったと気づいて、物の見方も柔軟になっていく。そんな母親を見て、子供はますますやる気になります。勉強って一人でやるものじゃないんですね。私は生徒たちに、「受験勉強は大切な人のためにやるものだ」と伝えています。
――受験勉強は、自分のためではなく、他人のためだと。それはどういう意味でしょうか。
時田:人って案外、自分のためだけには努力できないものなんです。合理的に見えて、それだけで動いていないのが人間なんですね。
私は最初の授業で生徒にこう言います。受験勉強を頑張って、課題を一つ克服できたとする。この「努力して壁を超えた経験」があれば、あなたの大切な人――家族や友人、今あるいは将来の恋人――が苦しんでいるとき、困ったときに、自信をもって手を差し伸べられるようになると。経験したことでないと、人は語れませんから。受験でそういう力を鍛えられたらいいよね、一緒にやってみない? と問いかけて、「うん」と賛同してくれた子と一緒に勉強を始めます。