天皇の食事を作るのは、宮内庁管理部大膳課に所属する料理人である。まさに天皇の健康と胃袋を支える彼らは、数少ない「オク(天皇の日常生活)」を知る存在といえる。かつて昭和天皇に「料理番」として仕えた和食料理人・谷部金次郎氏(68)と、フレンチシェフ・工藤極氏(63)が、今まで語られることのなかった「天皇家の食卓」について明かした──。
日常の献立は主厨長が2週間分ごとに考えて侍従職に報告し、医師の了承を得て決定される。1日約1800キロカロリーで、塩分は10g以内。化学調味料は一切使用しない。
谷部:和食は一汁三菜が基本。野菜の煮物や青魚が中心で「腹八分目の量」とされていました。
新人の頃、勉強のために献立を書き写したメモを今も手元に残していますが、たとえば南瓜(かぼちゃ)の煮付け、秋刀魚(さんま)の塩焼き、あさりの味噌汁に漬け物、麦入りご飯といったメニューでした。ごく一般的な家庭料理です。
工藤:最初は質素で驚きました。僕が大膳で学んだのは食材を余すことなく使い切るということ。鶏の骨までスープの出汁を取るのに使う。野菜の皮も葉も使い切ります。
谷部:「一物全体食」といって、食材を全部使うことで栄養バランスが偏らないようにするというのが大膳課の調理の基本。食材費は税金ですから、決められた予算の中でやりくりする。予算がいくらだったのかは控えますが、家庭の主婦と同じ感覚ですね。
工藤:肉や野菜は皇室専用の農産物を生産する御料(ごりょう)牧場(栃木県)のもので、魚は築地の業者に電話注文して取り寄せていた。
谷部:陛下は鰻がお好きなので、生きた鰻を一度に5本注文する。それを蒲焼きにするのですが、私は鰻を捌いた経験がなかったので、余分に1本注文して練習しました。天然もので1本500円。もちろん自腹です。大卒初任給が3万~4万円の時代に痛い出費でした。
献上品もありますが、無制限に受け付けるわけにもいかないので、量は微々たるものでした。主に各都道府県知事からのもので、氷見(ひみ)の鰤(ぶり)や長良川の鮎などの名産品ですね。
工藤:献上米も知事名で届きます。両陛下が2~3回召し上がる分をとって、他の宮家にもお届けしていました。献上品をもっと受け付けてくれれば、食材のやりくりに困ることもなかったのに(笑い)。
●谷部金次郎(元宮内庁大膳課厨司)
埼玉県出身。日本銀行霞町分館で料理人の修業をした後、1964年から26年間、宮内庁管理部大膳課第一係(和食担当)。
●工藤極(元宮内庁大膳課厨司)
東京都出身。フレンチレストラン「代官山 小川軒」での修業を経て、1974年から5年間、宮内庁管理部大膳課第二係(洋食担当)。現在は、東京・江古田駅近くのフレンチビストロ『サンジャック』のオーナー・シェフ。
※週刊ポスト2014年12月26日号