外見は鉄筋作りの瀟洒なマンションだ。ところが、玄関を抜けると消毒液と排泄物の混ざったツンとすえた匂いが鼻を突く。訪れたのは、都内のシニアマンションである。
一室のドアを開ける。4畳半ほどしかない狭い居室のカーテンは閉じられて薄暗い。高齢女性がベッドで仰向けに寝ている。ベッドの四方は高さ30cmほどの柵に囲まれている。手には大きなミトンが被せられ、腰にも幅20cmほどの拘束帯がきつく巻かれて、柵に固定されていた。女性は身体を起こすこともできず、うつろな眼でこちらを見つめていた──。
高齢者ホームの数が近年、急増している。この10年で有料老人ホームは約3倍、特別養護老人ホーム(特養)は1.5倍になった。約4年前に制度化されたサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は5000か所を超えている。
増加の理由は運営団体の多様化だ。従来は医療法人や社会福祉法人だけが施設を運営していたが、ゼネコンやディベロッパー、住宅メーカーなどの新規参入が進んだ。
高齢化による需要増に応じて施設数が増えるのは歓迎すべきことだが、その一方で行政の目が届きにくくなり高齢者虐待が増加するなど、「悪徳ホーム」が増えたのも事実である。冒頭のようなシニアマンション(東京・北区)の「拘束介護」の実態が朝日新聞(11月9日付)で報じられたのも、その一例だ。
同マンションを訪れた人が語る。
「鉄製の引き戸は外からつっかい棒がはめられ内側からは開けられない。起き上がることもできず、入居者は自由にテレビも見られない。まるで牢獄のようだった」
高齢者住宅開設のコンサルティングを行なう「タムラプランニング&オペレーティング」代表・田村明孝氏が解説する。
「行政から有料老人ホームの開設許可をもらうためには、看護師やヘルパーなどが十分足りているか、今後30年間の収支計画はしっかりしているかなど、詳細なチェックを受ける必要がある。つまり、開設にはそれなりの資金と時間がかかります。
そこで最近、そうした手続きをせずにオープンする『無届け施設』が増えています。東京・北区のシニアマンションもそうした施設で、届け出されていないため行政も管理・指導ができない。だから虐待まがいのような介護が行なわれてしまう。こうした無届け施設は私が知る限り、首都圏だけでも170か所以上あります」
急増する高齢者ホームは玉石混淆の時代になった。
※週刊ポスト2015年1月1・9日号