1964年の東京五輪に陸上の十種競技で出場した鈴木章介氏は、翌年、プロ野球読売巨人軍のトレーニングコーチに就任し1965年にから始まる9年連続日本一、V9に貢献した。バットもグラブも持たない異色のコーチから見た、ON(王貞治、長嶋茂雄)の対照的な練習法を鈴木氏が語った。
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王はとにかく練習の虫で、野球に120%打ち込んでいる。技術的に悩むと自分で抱え込んでしまい、言葉少なになる。逆に長嶋さんは、調子が落ちてくると明るくなるんです。自分の調子が落ちても、チーム全体が暗くなってはいけないという思いがあるんですね。
だから、王の場合は悪くなると野球のことを忘れさせないといけない。それには長い距離を走らせるのが一番いいんです。走らせると苦しくなって野球の悩みが頭から消える。そして最後に「僕を抜いてみろ」といってわざとスピードを落とすと、必死に前へ出る。そこで「僕を抜けたんだから大丈夫だ」と声をかける。これが終わると大抵のスランプは抜けていました。
反対に長嶋さんはメンタルよりフィジカルを調整することが重要。躍動感のあるプレーヤーですから、体にバネを溜めるようなトレーニングをしないと調子が戻らない。単に走るのではなく、芝生の上をジャンプしたり、ジグザグ走をしたり、全身のバネを意識させるように心がけました。
そんな僕に、ONは「章介さんのおかげでタイトルを取ることができた」といってくれました。これが評価に繋がって年々給料が上がったことも嬉しかったですが(笑い)、それ以上にそうした言葉はありがたかったですね。
※週刊ポスト2014年12月26日号