【著者に訊け】唯川恵さん/『逢魔』/新潮社/1728円
「牡丹燈籠」「番町皿屋敷」「蛇性の婬」「怪猫伝」「ろくろ首」「四谷怪談」「山姥」「源氏物語」のよく知られた古典の名作を題材に得て、恋愛小説の名手が、これまでになく大胆な性愛描写とともに、死んでなお相手を思う愛憎を綴った野心作。初めての時代小説になる。
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「牡丹燈籠」「四谷怪談」といった怪談や古典を、命をかけた恋をめぐる、官能的な物語として現代に蘇らせた。
恋愛小説の名手は、このところ、少し窮屈さを感じていたという。
「今、若い人の恋を書くなら、就職難や貧困の問題についても触れなきゃいけない。さまざまな情報を盛り込まなくてはならないし、恋にうつつを抜かしてる場合じゃないだろう、という風潮もある。そんなとき、時代小説という設定なら恋に命をかけるのも不自然ではないと気づいたんです。新しいチャレンジをしたいという気持ちもありましたし」(唯川さん、以下「」内同)
「牡丹燈籠」の主人公の新三郎の非業の死を恋の成就に、家宝の皿を割った女中お菊が手打ちにされる「番町皿屋敷」をレズビアンの物語にするなど、思いきってアレンジした。原典にはほとんど描かれていない性愛の場面は大胆に美しく、せつない息づかいまで聞こえてきそう。
「濡れ場を現代小説で書くのって生々しくなりすぎますけど、幽霊が出てくるような世界でなら(笑い)、自由に照れないで書くことができました。女性器や男性器にも、さまざまな情緒のある呼び名がありますし、町人言葉や武家言葉を書き分けてみるのも面白かったですね」
古い物語の中で、思いを残して幽霊や物の怪に姿を変えるのは、いつも女性だ。
「怪談って、どこか美しさや色っぽさがないと平坦になってしまう。怖いけど美しい、怖いけど哀しい、怖いけどせつない。怖さの一歩、奥にあるものを書きたいと思いました」
生霊となって恋敵を呪い殺す、「源氏物語」の六条御息所の独白にも、身につまされる哀しさがある。
「六条って現代人に近いですよね。プライドが高くて、年下の男性との恋で、本当は好きなのにそう言えないところは、千年の時を超えても人は同じなんだな、って」
「恋愛は、怖いこと」だと唯川さんは言う。
「本当は、命をかけるぐらいのことじゃないかなって私は思うんです。ひとりでいるのが不安だから誰かとくっついたり離れたりって、それは恋愛じゃない。心から愛せる相手を知って、自分がどう変わっていくのか見るのは結構、怖いこと。この本では、『そこまで行くのか』という恐ろしさも書いてみたかった」
本のタイトルは、「夢魔の甘き唇」(「ろくろ首」)で、冒頭の一文、「男が現れたのは逢魔が時である」と書いた瞬間に決まった。
命がけの恋に出逢う幸福と不幸を描いた、鮮烈な短編集である。
【著者プロフィール】唯川恵(ゆいかわ・けい):1955年石川県生まれ。2001年『肩ごしの恋人』で直木賞、2008年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。1984年のデビューから2014年で30年になる。「よく30年も生き残って書き続けて来られたなぁと。恋愛小説に限らず、これからも新しい唯川を出していきたいと思っています」。
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年1月8・15日号