宝くじで3億円当せんを果たし億万長者になった男が、“金で幸せになれるのか”という問いの答えを探す…そんな小説『億男』が大ヒットしている。
その理由は、多くの人が一度は大金を手にしてみたいという夢を抱いているからなのだろうが、身の回りでは億当せんどころか、100万円の当せんも風の噂で聞く程度。そこで、“リアル億男”にビッグな夢を叶えるヒントを教えてもらった。
岐阜県に住む上坂元祐さんが宝くじを買い始めたのは1984年のこと。当時カラオケ教室や音楽事務所を経営し、自身も作曲家として活動していた上坂さんは、周囲の人が楽しそうに宝くじの話をするのを聞いて、ふと「自分も買ってみよう」と思い立ったという。
「商店街の福引きで何度か当たったこともあって、運はいいほうだと思っていたんですよ。買い始めてから3年目の1987年に10万円と20万円、さらに1988年と1989年には100万円が的中しました」(上坂さん、以下「」内同)
仕事で日本全国を飛び回っていたという上坂さんは、地方に行っては宝くじを購入していた。そして1994年、京都で買ったサマージャンボで、とうとう1等6000万円を当てたのだった。
「新聞の当せん番号と手元の宝くじがぴたりと一致して、“これは夢じゃないか”と何度もほっぺたをつねったり頭を叩いたりしましたね。次の瞬間には、“誰かがのぞいていて、狙われたらまずい!”と妙な不安を感じて、すぐに玄関や窓に鍵をかけて、カーテンを閉めました(笑い)」
当時、家族が暮らす石川県を離れ岐阜県で単身赴任していた上坂さん。仕事も立て込み、すぐに換金に行けなかったため、高額当せんの宝くじを持って過ごした3日間は気が気ではなかったという。
「宝くじは財布に大事にしまって、夜寝るときは腹巻きに入れて肌身離さず持っていました。いざ銀行に行くと、今度は“偽造などの確認に7日から10日かかる”と言われたんです。“また待たされるのか”と思いましたが、その間は当せん金の使い道ばかり考えていました」
それから10日後、上坂さんは無事6000万円を手にした。2800万円で自宅兼音楽教室として使う一戸建てを購入したほか、800万円で国産高級車に買い替えた。残りは家族や兄弟に感謝の気持ちを込めてプレゼントしたという。
ところがこの高額当せんが、上坂さんに思わぬトラブルをもたらした。
「ある雑誌に“岐阜県の音楽家が当せん!”という記事が載ったんです。名前は出ていませんでしたが、あれよあれよと私が当せんしたことが広まってしまって…。それ以降、知らない人から電話がきたり、外を歩けば後をつけられたり。なかには、“お前ばかり金を儲けやがって、よこせ!”という脅しのようなこともあったんです」
※女性セブン2015年1月8・15日号