「家族」という単語で、あなたが思い浮かべる言葉はなんだろう。大切なもの、という人が多いかもしれないが、それと同じくらい、厄介なもの、と答える人もまたいるだろう。相続や介護問題で、いとも容易くこじれてしまう家族関係。ことに、選ぶことができない「親兄弟」という関係で悩む人は多い。だからこそ、我々は提案したい。いっそのこと、縁を切ってみてはどうか。
ここは京都市東山区の安井金比羅宮。1156年の保元の乱に敗れて讃岐の金比羅宮に参篭(おこもり)し、後に怨霊伝説を生んだ崇徳上皇が祀られる。崇徳上皇があらゆる欲を断って金比羅宮に篭もったことから、男女の縁をはじめ、病気、酒、賭事などの”断ち物”を祈願する神社である。
境内にある「縁切り縁結び碑」は高さ1.5m、幅3mの巨大な岩だ。中央下部に開いた直径50cmほどの丸い穴には聖なる力が注がれており、願いを念じながら、表から裏にくぐり抜けると悪縁を切り、裏から表に抜けると良縁が結ばれるという。往復後、願いを記した形代を碑に貼りつけ、御志しを賽銭箱に納めるのが縁切り祈願の作法だ。
こんもりと貼られた形代には、《よい人と巡り合えますように》《あらゆる悪縁を断ってください》など漠然とした願いに混じり、《夫との縁を切って下さい。息子家族に一切関わらないよう一刻も早くお願いします》《●●との離婚が成立しますように。今年度中に実家に帰ってほしい》という切実な願いも散見される。
記者も祈願してみた。穴は成人男性がくぐるには狭く、四つん這いで身を屈めてようやく通り抜けられる。何だか子供時代に戻ったような不思議な感覚にとらわれた。近年のパワースポットブームもあり、碑には祈願を求める列が絶えない。良縁を求める若い女性が多い中、身内の縁切りを求める人もいると話すのは同宮の鳥居肇宮司だ。
「最近は相続で揉め、『早々に決着させて関係を断ちたい』と願うケースが目立つ。ただ、話を伺うと、コミュニケーション不足でお互いの真意が十分に伝わっていないのに、“自分が正しく相手が間違っている”と断じる例も多く見受けられます」
身内の縁を切りたいというのは人間の身勝手さゆえなのか。自問する記者に宮司は、「縁切りは本来、前向きなものです」と教えてくれた。 「暗くネガティブなイメージがあるが、縁切りとは本来、悪い縁を断って前に進むというもの。思いを念じて碑をくぐると心が晴れやかになります。古来、目に見えない力に感謝と畏怖を抱く日本人は、それに向かって願うことで心を落ち着かせたのです」
※SAPIO2015年1月号