宮崎哲弥氏は評論家。1962年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。政治哲学、宗教論、サブカルチャー分析などを主軸に、テレビ、新聞、雑誌などで活躍。著書に『宮崎哲弥 仏教教理問答』(サンガ文庫)、『映画365本』他多数がある宮崎氏が推奨する食マンガが、『けずり武士』(湯浅ヒトシ)だ。宮崎氏が、『けずり武士』の魅力を語る。
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春日太一の『時代劇ベスト100』(光文社新書)を繙く(ひもとく)と、懐かしい映画やドラマに再会できる。例えば『素浪人 花山大吉』。一九七〇年前後に放映された、近衛十四郎主演の連続ドラマだが、この主人公、花山大吉の大好物が何故かオカラだった。近衛のオカラの食いっぷりに魅せられた私は、よく家人に頼み込んで夕餉にオカラの皿を加えてもらったものだ。
もう少し大きくなってからも『鬼平犯科帳』に出てくる料理が旨そうで、いつも生唾を飲んでいた。原作者、池波正太郎の食通ぶりを知ったのはさらにのちだ。私の食マンガに対する徒ならぬ関心と情熱のルーツを遡ると案外、時代劇に辿り着くのかもしれない。
歴史に題材を採った食マンは、大ヒット作『信長のシェフ』(芳文社)をはじめとして粒ぞろいだ。これら“歴史食マン”については稿を改めて取り上げたいが、所謂、時代劇とは少し違う気がする。時代劇は史実にあまり拘らず、物語を楽しむものだから。
時代劇の食マンを一作挙げろといわれれば、迷いなく湯浅ヒトシ『けずり武士』(双葉社)を推す。主人公、荒場城一膳は素浪人。いつも手元不如意で、大抵、腹を空かせている。たまの仕事は正義の人斬り。依頼主は謎の別嬪。この男、滅法腕が立つが、女にはからきし弱い。概略を書いただけでワクワクする。典型的な“素浪人もの”だ。
「人を斬れば身が削れる。削れたら食わねば」てな台詞を吐いて、斬合ってはものを喰らう。握り飯、しじみ汁、煮凝り、胡瓜揉み、鰻丼……。何てことないものを荒場城は本当に旨そうに食う。何てことない食い物なのに、ああ、涎が止まらん。蘊蓄の塩梅もよく、物語は後半で虚構と史実が入り乱れ、趣向を凝らした展開に……。
※SAPIO2015年1月号