【著者に訊け】篠田節子氏/『インドクリスタル』/角川書店/1900円+税
仮にビジネスが、理解と信頼に基づく行為だとしよう。相手の身元を調査し、個人的にも理解を図るのは、確かに仕事の基本だ。だが、そもそもその肝心の理解が不可能だとしたら──?
言葉も風習も何もかもが違う、南インド奥地にある先住民の村〈コドゥリ〉が、人工水晶デバイスメーカー山峡ドルジェの婿入り社長〈藤岡〉の取引相手だった。ここで採れる上質の水晶が、現在開発中の超高性能水晶振動子技術に不可欠と見た彼は、クントゥーニ郊外の村に度々足を運び、晴れて契約に成功。が、当初こそ順調だった取引は地元政治家やNPOらの思惑が絡んで頓挫し、やがて採掘する村人の体調にも異変が……。
篠田節子氏の作家デビュー25周年記念作『インドクリスタル』は、藤岡や先住民族の少女〈ロサ〉を軸に、神秘の超大国インドの今を炙り出し、兎に角そのスケールは尋常ではなく壮大だ。
「『ゴサインタン』でネパール、『弥勒』でブータン、『転生』でチベット、と書いてきて、まだ行ったこともないインドが目の前に立ち現われる感じがしたんです。文化はもちろん、外交や軍事においても周辺国に強い影響力があることを痛感し、結果、横滑り的に小説で書かされることに(笑い)」
社会派小説からSFまで幅広い作風で、毎作読者の度肝を抜いてきた篠田氏。本作でも現地取材はもとより、元総領事らインド関係者の勉強会に4年近く通い、その途轍もない奥の深さに改めて圧倒されたという。
「私が惹かれる題材の条件はセンス・オブ・ワンダー、つまり謎や驚きがあること。当初はその神秘性をロサのように、〈処女神〉としての運命を背負わされた女性の伝奇小説に書こうとしたんです。ただそれだと現実感が薄くなるし、彼女たちを性的道具にする差別の問題を女性目線で書くと、作者の私が演説を始めてしまいそうな気がしました(笑い)。そこでインドにビジネスで訪れた男性の視点から、という設定にしたんです」