投手にとって球速は強力な武器だ。球界では日本ハムの大谷翔平の162キロが最速で、155キロを超えると速さがニュースになる。しかしスピードガンが日本へやってきたのは1970年代半ばのため、かつての名投手がどのくらい速かったのか数字の記録はない。通算400勝の金田正一氏、350勝の米田哲也氏、320勝小山正明氏の3人が、現役時代の球速について語りあった。
小山:大きなカーブはカネさんの得意球だったのにね。得意球といえば僕はパームボール。当時はカネさんがカーブ、杉下(茂)さんがフォーク、広島の長谷川良平さんがシュートを投げていた。僕も何かないといかんと思って、誰も投げていないパームを選んで、握り方が載っている『野球界』という雑誌で覚えました。それを僕はワンちゃん(王貞治)対策に使った。
米田:僕はフォークでしたね。習得するのに5年かかった。指が短かったので苦労しました。風呂にボールを持ち込んで湯船の中で指で挟む訓練をしたものです。
小山:直球もいまは148キロだの、150キロを超えただのいっとるが、あんなの我々の時代ならスローボールですわ。カネさんもヨネも軽く投げて160キロ台。僕がその少し下くらいやろうね。
──本当ですか?
金田:当たり前じゃ!
※週刊ポスト2015年1月16・23日号