鼓膜は直径8~9ミリ、厚さ0.1ミリの3層からなる薄い膜だ。音は外耳から鼓膜を通り、中耳にあるツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨という3つの骨で増幅され、蝸牛(かぎゅう)で電気信号に変えられて脳に伝わり、音として感知される。
ところが、中耳炎や外傷などで鼓膜に孔(あな)・(鼓膜穿孔・こまくせんこう)が空くと、聴力が低下する。鼓膜穿孔の患者は、日本で約100万人、全世界では1億5000万人と推計されている。
鼓膜に孔が空くと、残った鼓膜経由で蝸牛に届く音と、孔から直接、蝸牛に入る音がぶつかり、音が割れて聞き取りも悪くなる。北野病院(大阪市)耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任部長で、金井病院(京都市)耳鼻咽喉科の金丸眞一医師に聞いた。
「鼓膜穿孔の従来の治療は、耳の周辺から組織を取ってきて、孔に貼る鼓膜形成術や鼓室形成術が行なわれてきました。しかし、全身麻酔や入院が必要であったり、耳の後ろを切ったり、さらに手術後に思ったほど聴力が回復しないといったことがありました。鼓膜は自己修復能力が高いので、これを生かせないかと研究開発したのが、この鼓膜再生療法です」
組織の再生には、再生の基になる幹細胞と、それが増える足場、栄養となる成長因子が必要だ。治療は鼓膜の孔の周囲を特殊なメスや針で傷をつけ、新しい傷口を創り、鼓膜の基になる組織幹細胞を呼び寄せる。「b-FGF(塩基性線維芽〈えんきせいせんいが〉成長因子)」を浸したゼラチンスポンジを孔に合わせ、適切な大きさにして留置、その上に生体用接着糊をかける。
これで孔全体を被覆し、乾燥と感染を予防する。治療は外来で10~20分程度で終わる。麻酔は、耳に麻酔薬を浸潤(しんじゅん)させた脱脂綿を入れておくだけだ。孔の大きさによっても違うが、約3週間で鼓膜が再生する。
「鼓膜は3層構造ですが、この治療では中間の線維層も再生されるので、強く弾力性があり、再生された鼓膜は破れにくいのです。30年間も聴力低下に悩んでいたある患者は、それまで補聴器が必要なほど大きな音でなければ聞こえなかったのが、ひそひそ声まで聞こえるようになりました」(金丸主任部長)
この治療を現在までに約300人の患者に実施しており、成功率は85%程度という。1回の治療で再生に成功したのは約65%、1回目で再生しなかった患者でも、2回目で残る約20%が成功するなど、ほとんどの患者が2回目の治療までに鼓膜が再生している。
この治療は、4回まで実施できる。1回の治療で再生しなかった場合は、3週間±1週間で2回目を実施する。皮膚などは手術すると傷が残り、何度も実施すると瘢痕(はんこん)になることもあるが、この治療では再生途中のため、4回実施しても瘢痕は残らない。
今年から国内3施設で臨床試験を実施し、保険申請する予定だ。
■取材・構成/岩城レイ子
※週刊ポスト2015年1月30日号