プロ野球の世界で、1960年代後半の読売巨人軍は9年連続日本一をとげるなど特別な存在だった。その巨人に立ち向かったライバルのひとりに、対巨人51勝をあげた大洋ホエールズのエース・平松政次氏がいる。とくに通算対戦打率をわずか.193、8本塁打に抑えた長嶋茂雄氏との思い出について、平松氏が語った。
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長嶋さんは僕を攻略するために、いろいろと工夫を巡らせていた。長嶋さんと親しかったニッポン放送の深沢弘アナウンサーに聞いた話ですが、大洋戦で僕に抑えられるとすぐに家に帰って深沢さんを呼び出す。それで長嶋さんは、ユニフォーム姿のままで深沢さんに「平松のフォームを真似てくれ!」といって投手に見立て、朝方まで素振りをしたそうです。
ある対戦では、打つ瞬間にグリップを緩めてバットを落とし、グリップエンドを余して振ったこともあった。もともと長嶋さんはバットを目一杯長く持つタイプ。おかしな打ち方をするなァと不思議に思ったんです。現役時代にはどうしてそんな打ち方をするのか、なかなか聞く機会がなくて、僕の通算200勝達成パーティーの席でご本人に長年の謎をぶつけてみたら、こんな答えが返ってきた。
「平松を打つためにはバットを長く持っていては詰まると思った。でも最初からそうすれば、巨人の4番・長嶋がバットを短く持ったということで、ファンに申し訳が立たない。打つ瞬間なら分からないだろうと思ってね」
最初からバットを短く持つのは、巨人と長嶋のプライドが許さない、ということだったんですね。
でもそこまでやっても、キレのあるシュートがコースに決まれば打たれることはありませんでした。たとえバットを短く持っても同じ結果だったと思いますよ。
※週刊ポスト2015年1月30日号