【著者に訊きました】『捏造の科学者 STAP細胞事件』/須田桃子・著/文藝春秋/1728円
世界を揺るがした「STAP細胞」をめぐる不正論文事件。昨年12月末、理化学研究所の調査委員会が最終報告書を発表したことで、事件には一応の幕引きがなされた。報告では研究ユニットリーダーだった小保方晴子氏らの論文を否定し、新発見とされた細胞もES細胞だったと指摘。そんななか、ここまでの経緯をつぶさに描いた本書は、8万部を超えるベストセラーとなっている。
「小保方さんら論文の主要な著者たちの個性が際立っていたこと、そして、“優秀な若手研究者”と重鎮研究者の組み合わせという構図。実はこの構図は過去の大きな不正論文事件でも繰り返された典型的な形でもあるんです。そうしたある種のわかりやすさが、大きな注目を浴びた背景の1つだったと思います」(須田さん・以下「」内同)
著者の須田桃子さん(39才)は毎日新聞科学環境部の記者として、一連の騒動の最前線で取材を続けてきた。取材は科学的で粘り強く、特に「STAP論文」のネイチャー誌における査読資料を入手したスクープなどは手に汗握る緊張感がある。
初めは心から喜んだ世紀の大発見が疑惑に塗れる中で、信じていた科学者たちへの信頼が揺らぎ、やがて信じられなくなった。割り切れない思いを抱えながら、それでも真相に迫ろうとした複雑な心境も綴った。
「最初は私もSTAP細胞の存在を信じ切り、熱狂と興奮の中にいたわけです。この本を書くことは、当時の自分の姿を見つめ直し、なぜそこまで信じてしまったのかを検証することでもありました。つらい作業でしたが、それを包み隠さず書くことなしに前には進めませんでした」
後に自ら命を絶った発生・再生科学総合研究センターの故・笹井芳樹氏、論文の主要な著者の1人だった山梨大学の若山照彦教授など事件の中心人物たちとのやり取り。また、凄まじい速さで論文への疑いが増し、ついに若山氏による論文撤回の呼びかけへと展開していった過程――STAP細胞事件を描くことから浮かび上がるのは、科学者とは何か、科学ジャーナリズムとはどうあるべきかという本質的な問いでもあった。
「科学者も組織や自らの立場で発言を変えることがある。弱さを抱えた人間であることを実感しました」
だが、そう語る彼女は事件の取材を進めるうちに、一方でこうも思うようになったと続ける。
「本文中にはほとんど実名では登場しませんが、若手や中堅、シニアの心ある研究者たちの助言がこの本を支えてくれています。文科省が所管する理研に対して、勇気をもって発言してくれた人もいる。その意味で私にとってSTAP細胞事件の取材は、科学者への信頼を新しい形で作り直していく作業でもあったんです」
それは本書を書き上げた今、科学記者として生きる上での大切な希望になったと彼女は感じている。
※女性セブン2015年2 月12日号