原油価格の下落が止まらない。需給だけでは説明できない事態がなぜ起きたのか、その背景を外交ジャーナリスト・作家の手嶋隆一氏が解説する。
* * *
アメリカは圧倒的な軍事力と経済力によって戦後世界に君臨してきた。だが、オバマ大統領は、化学兵器を自国民に使って殺戮したシリアのアサド政権に対する武力制裁に踏み切れなかった。これによって「世界の警察官」としての地位から滑り墜ちてしまった。その後、国際世論に押されて「イスラム国」への空爆に踏み切ったが、地上軍の投入には躊躇している。
軍事制裁に代わる手段となれば経済制裁だ。標的国との貿易停止、国営銀行やエネルギー企業に対するドル決済の禁止、さらには海外口座の凍結を通じて、標的国にダメージを与える。ただし、こうした措置がどこまで効果をあげるかは、その時々の情勢による。
北朝鮮の核開発を阻止しようと、アメリカ政府は1990年代半ばから経済制裁を続けている。それなりの効果はあげているが、北朝鮮に核兵器を放棄させるには至っていない。
プーチン政権が2014年3月にウクライナからクリミア半島を切り離して併合した。これに非を鳴らしたアメリカは、ドイツや日本を誘って対ロ経済制裁を強めつつある。
反発したプーチン大統領は、同年5月上海に飛んで、ロシア産天然ガスを中国に安定的に供給する契約を締結した。経済制裁はロシアを中国に追いやる結果を招いてしまったのである。いま石油と核をめぐってイランも中国に接近し、モスクワ・北京・テヘランという新たな「三国枢軸」が形成されつつある。
標的とする対象が国家なら経済制裁は一定の効果をあげる。だが「イスラム国」のような国家ならざる国家の場合はどうだろう。国際社会の最大の脅威になっている「イスラム国」へは有効な手段を見つけあぐねているのが実情だ。
プーチン大統領は「原油価格には常に政治的要素がある。価格が変動すると『してやったり』と思う勢力がいる」と述べ、原油の生産調整はサウジアラビアとアメリカによる対ロ秘密工作だと非難している。
だが、真の狙いは「イスラム国」対策だと言っていい。石油の盗掘に手を染める「イスラム国」は、アメリカ財務省のコーエン次官によれば1日1億円もの利益をむさぼっている。原油価格を上げれば、「イスラム国」を太らせてしまう。このため原油価格を調整できずにいるのである。
錯綜する国際政局にあって、経済制裁は有効な武器となるか。その効果は限定的だ。ましてや国家ならざる国家にはどこまで機能するか疑問だ。
※SAPIO2015年3月号