羽生結弦や浅田真央ら、フィギュアスケート選手の活躍に触発され、スケート場に足を運んだという人は多いはず。彼らの演技を見ていると、自分もスイスイと滑れるように思ってしまうものの、実際にはスケートは難しいものだが、後ろから衝突され負傷してしまった場合、賠償請求は可能なのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が、こうした相談に対し回答する。
【相談】
市営のスケート場で滑っていたときのことです。私は初心者でリンクの壁沿いを滑っていたのですが、後ろから若い男性に衝突され前のめりに倒れ込み、右手首を打撲してしまいました。これでは仕事に支障が出ますし、衝突してきた男性には治療費の他にも賠償金を請求してもよいでしょうか。
【回答】
車の追突事故が参考になります。大抵の追突は、前車が急ブレーキをかけた場合に起こります。その場合、原則として2対8の割合で後車、すなわち追突車の責任の方が大というのが交通事故の過失割合の基本です。後ろから前方に注意して、車間距離を取らなくてはならないのですから、当然のことです。しかし、前車が突然、車線変更したような場合は逆で、前車の責任の方が大きくなります。過失割合の基本は7対3に逆転します。
あなたは、リンクの壁沿いを滑っていたので、車線変更に類する行為はありません。急停車に相当することがなければ、特に上級者用のリンクで、初心者が滑ること自体が危険であるような特別な場合を除き、あなたには過失はなく、相手の若者の責任だと思います。
スケート事故はあまり見たことはありませんが、スキー場では追突事故の裁判がいくつかあります。最高裁は「上方から滑降する者は、前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意して、その者との接触ないし、衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を負う」としています。
そこで、あなたの事故でも同様に、若者は前方を注視して、前にいる滑走者の動静に注意しながら、スピードや滑走方向を調整して滑る義務があったといえるでしょう。
私が調べたスキー場の追突事故の裁判例は、被追突者が止まっていたり、初心者でゆっくり滑っていたりした事件でしたが、追突事故で被追突者の過失相殺を認めた例はありませんでした。よって、追突した若者に事故による賠償責任を求めることができます。
なお、市営リンクで起きた事故です。詳細はわかりませんが、監視員がスケーターの誘導や滑走方法の注意をしていた場合には、市の責任も検討対象となります。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2015年2月20日号