テレビで時代劇を見かけることはすっかり久しくなったが、映画館ではしばしば時代劇映画が上映されている。その中には大ヒットシリーズとなったものもあり、夢枕獏原作の『陰陽師』もそのひとつ。メディアミックスした陰陽師ブームで安倍清明も人気者となった。『時代考証学ことはじめ』などの著書がある編集プロダクション三猿舎代表・安田清人氏が、大人気の陰陽師の実像について解説する。
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近年、地上波のテレビ時代劇が退潮する一方、劇場公開される時代劇映画にはヒット作も少なくない。しかし、そのほとんどは巨費を投じて制作される大作映画で、しかも単発の作品だ。『新吾(しんご)十番勝負シリーズ』『忍びの者シリーズ』が制作された日本映画全盛時代のようなシリーズ化はもちろん、続編が作られることもまれだ。
例外は「ハイパー時代劇」の一つともいわれる『陰陽師(おんみょうじ)』。2001年に東宝で第1作が公開されたのち、2003年には続編の『陰陽師II』が公開された。
劇場版『陰陽師』は、野村萬斎演じる平安時代の陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)が、都に起きるさまざまな超常現象、異変に出会い、その元凶である魔物と陰陽道の秘術を駆使して戦い、事件を解決するという物語だ。能楽師野村萬斎の浮世(現代)離れした雰囲気が、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する平安王朝の怪しげな雰囲気とマッチして、特に女性の熱狂的な人気を集めた。
ところで、野暮を承知で触れてみたいのが安倍晴明の実像。人気小説やコミック、そして映画のヒットのおかげで、安倍晴明はすっかり陰陽道の達人、平安朝の「スーパーマン」として認識されるようになった。
そもそも陰陽道とは中国の道教の影響を受けて日本で発達した独自の宗教体系で、簡単に言えば、占い、暦(天気予報)、祭り、まじない(病気治療)といったマジカルな技術のこと。しかし、晴明が「陰陽ノ達者」と賞されるようになるのは、実は60歳をとうに過ぎた晩年だ。のちに伝説の陰陽師として語られるようになるのは、晴明本人とその子孫たちによる脚色、自己宣伝の結果だ。
つまりは、物語化された晴明像はすべて誤りということになるのだが、頭に白いものが交じり腰の曲がった晴明では、「晴明ブーム」など、幻に終わっただろう。
※週刊ポスト2015年2月20日号