【話題の著者に 訊きました!】
『サラバ!(上・下)』/西加奈子さん/小学館/各1728円
イランの首都、テヘランで産声を上げた歩の七転八倒の人生が綴られる。姉の問題行動、両親の離婚、父親の出家、母の再婚、そして歩の失恋や失業…暗澹たる出来事と幾多の出会いと別れの果てに彼が見つけた「信じるもの」とは──。
作家生活10周年の年に出した長編『サラバ!』(小学館)で直木賞に決まった西加奈子さん(37才)。
「10年やれるなんてすごいことやと思っていたので、節目になるような長いものを書きたくて。デビュー作の『あおい』を出してもらった編集者に、『書かせてください』と自分から伝えたんです」
作家になりたくて、書きためた原稿を持って大阪からあてもなく上京。知人に紹介された編集者に原稿を送ったらいきなり「本にしたい」と言われ、「最初は信じられなくて。詐欺ちゃうかと思った」
まるでドラマのような始まりだ。「彼がいなかったら作家になっていなかった」という人との仕事で大きな賞を受けることになり、「本当に本当にうれしい。まだちょっとふわふわしてます」と明るい笑顔で語る。
男の子を主人公に、言葉を介さない友情を書こう、とだけ決めて『サラバ!』を書き始めた。最初に頭に浮かんだのが、「僕はこの世界に、左足から登場した」という1行だ。今まで書いたことのない長さの小説を「僕」の一人称で書くのは自殺行為かも、とも思ったが、「はっきり浮かんだ1行が物語の産声だと信じて」、書きすすめていった。
「最初の1行がラストにつながったときは、『こういうことだったんだ!』と思いました。書いている自分が驚く瞬間が、『サラバ!』にはたくさんありましたね」
『サラバ!』は、主人公の歩が、長い時間をかけて、信じるものを見つけるまでの物語でもある。
テヘランで生まれ、イラン革命のあと大阪に戻り、小学生の数年間をエジプトで過ごす歩の軌跡は、西さん自身の経歴に重なる。家族の崩壊や恋人の裏切りといった小説内のできごとは「すべて虚構」だそうだが、異国での暮らしや阪神大震災の記憶、「アラブの春」への反応は、そのときの彼女が見たものでもある。
「20才ぐらいのときにエジプトにもう一度行って、『この国は変わらないなあ』と思ったんです。だから歩くんほどではないけど、『アラブの春』は衝撃でしたね。国だけでなく、変わらないものは何ひとつない、と思ったことはすごく小説に出ていると思います」
装幀に使われている絵も西さんが描いた。すべてを注ぎ込み、今はからっぽの状態だという。
「私はふだん、作家の友人にも自分の本を贈ったりしないんですが、この本は珍しく献本したんです。これまで出会った人の誰ひとり欠けても『サラバ!』を書くことはできなかった。一人ひとりに会ってお礼を言いたい、そんな感謝の気持ちをこめた小説が『サラバ!』です」
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2015年2月26日号