今年の箱根駅伝で初の総合優勝を飾った青山学院大学陸上競技部。“番狂わせ”ともいわれる優勝を勝ち取ったのは“新・山の神”と呼ばれる神野大地選手たちの力の向上、そして“ワクワク大作戦”で選手たちの士気を高めた原晋監督の指導力の賜物でもある。だがもうひとり、その奇跡の優勝を支えた女性がいた――。
「奥さん、大根はひとり何個?」
「ねぇ、聞いてよ。今日さぁ…」
午後7時、東京・町田市にある青山学院大学町田寮の食堂には、男子学生たちの元気な声が飛び交う。学生たちから“奥さん”と呼ばれ、ひとりひとりに笑顔で応えるのは、原美穂さん(47才)。第91回箱根駅伝で青学を初の総合優勝に導いた原晋監督の妻であり、部員たちの生活を預かる寮母でもある。美穂さんが部員たちと生活を共にするようになったのは、今から11年前のこと。
「そのころ私たちは広島に住んでいて、夫はいわゆる安定企業の売り上げナンバーワンのサラリーマン。家も買い、私は仕事を始めたばかりでした。なのに突然“青学陸上部の監督になって箱根駅伝で優勝を目指す。ついては夫婦で寮に住み込むことになる”って言われたんだから、びっくりですよ(笑い)。もちろん大反対しました」
しかし美穂さんは夫と二人三脚で寮の立ち上げからかかわることになる。そう決めたときのことを彼女はこうふり返る。
「夫は、何かやりたかったんだと思うんです。自分を変える、何か。だったら私も一緒にやるしかないな、と」
当時いた部員は20名。まだ30代だった美穂さんは、子供でも大人でもない彼らとどう向き合えばいいのかわからなかった。
「それは向こうも同じだったと思いますよ(笑い)。接し方も、暮らし方もみんなで少しずつ決めていった感じです」
寝坊した子がいると、同部屋の子も連帯責任。みんなが、みんなを助け合って、生活している。
「私の仕事は、ここをくつろげる空間にすること。外でどんなにつらいことがあっても、ここに帰ってきたら、ホッとできるような」
だからこそ、ルール違反をしたら容赦なく叱る。つい先日も、下級生にばかり雑用を押しつける上級生を寮中に響く大声で怒鳴りつけたばかりだという。そのときをふり返って部員たちは「あれは本当に怖かった…」と震え上がった。
「うちの子たちが今年優勝できたのは、ここでの生活があったからこそだと思っています。それが、私の誇りですね」
青学陸上部の“肝っ玉母さん”は、来年ももちろん優勝を狙う。
※女性セブン2015年3月5日号