【書評】『〈名探偵ポアロ〉シリーズ「モノグラム殺人事件」』ソフィー・ハナ 著 山本博、大野尚江 訳/早川書房/2052円
【評者】北林亜希子(ブックファースト京都店)
少しかしげた卵型の頭と、ぴんと突っ張った立派な口髭を持つ5フィート4インチの小男。名探偵の歴史において、人並み外れた容姿と、類稀なる“灰色の脳細胞”の持ち主。それが名探偵エルキュール・ポアロ。言わずと知れたアガサ・クリスティーの代表シリーズの主人公だ。
私が最初に全巻読破したシリーズはポアロだった。なぜそんなに魅了されたのか今考えてみると、ポアロ本人の魅力や謎解きの面白さもさることながら、クリスティーの描くちょっとしたイギリスの日常風景がとてもリアリティーに満ちていたことが大きかったのかもしれない。ポアロが「黒すぐりのシロップを飲む」という単純な描写にさえ、感嘆した当時を思い出す。
クリスティー亡き後、ポアロの新作にはもう出合えないと思っていたのだが、なんと39年ぶりに世に出たのが本作である。それもアガサ・クリスティー社公認というお墨付きだ。物語は1929年のロンドンのプレザント珈琲館から始まる。そこで何かに怯えた女性ジェニーと出会ったポアロは、不可解な3人の殺人事件とその闇へと誘われていく。独自の推理で事件の真相に迫るポアロだが、謎解きのほかに私がいちばん驚いたのが、ポアロが「珈琲」を愛飲しているということだった。39年も経てば、ポアロも変わるものである。
そんなポアロも楽しみながら、ここが終着地点か?と思ってから二転三転するストーリーから目が離せず、一気読み請け合いのミステリーだ。冬の長い夜にポアロとともに珈琲を飲みながら大いなる謎を解くとは、なんとも贅沢な時間ではないだろうか。
※女性セブン2015年3月12日号