【書評】『にっぽんの図鑑』(小学館)/3024円
【評者】温水ゆかり(書評家)
平成になったばかりの頃、明治の生まれで、辛口で知られた淡谷のり子さんからこう聞いた。
〈いまの親は戦中派の親から何も教わっていない。いまの子ども達が親になる将来は、もっと何も知らない人達が増えて、恐ろしいことになりますよ〉
淡谷さんの遺言はこうだったに違いない。戦争は罪、罰のように何世代にもわたって文化的土壌をやせ細らせていくと。
その意味でこの『にっぽんの図鑑』の意義は深い。「にっぽんのこころ」「にっぽんのくらし」「にっぽんのでんとう」と三章に分け、神様 妖怪、和食、遊び、方言、歌舞伎などの演劇、工芸などを紹介するが、大人もすぐ引き込まれる。印象的なのはどの章でも日本人の感性や感受性を“善き固有”とする視点だ。
古事記には大人にも不可解な展開があると書くユーモア、小野小町の有名な和歌は字余りとするトリビア、日本人の自然観は、自然を克服の対象と考える西洋とは一線を画すという文明論。子どもは知を増やし、大人は知に遊ぶ。気づかぬうちに大人の自信をなくしていたのだろうか、読み終わる頃には、全身すす払いしたかのような清々さの中にいた。
固有はグローバルの敵ではない。固有こそグローバルの武器。日本に生まれて嬉しい。英訳して輸出すべき一冊と思う。
※女性セブン2015年3月12日号