【著者に訊け】道尾秀介氏/『透明カメレオン』/角川書店/1836円
声は魅力的なのに、ルックスは冴えないラジオ・パーソナリティーの恭太郎。バーで不思議な女の子と出会い、彼女の「殺害計画」に巻き込まれていく。作家生活10年を迎えた道尾秀介さんが、「初めて読者のために書いた」という長編エンタテインメントだ。
「今までは自分のために小説を書いてきました。例えばファミリーレストランの料理はみんなが満足するけれど、翌日になると味をよく覚えていない。全員が満足できる小説を提供しようとすると、角を削ることになってしまう。それがいやなので、自分に向けて書くしかなかったんです」
しかし10年のキャリアを重ねるうち、全員に深く味わってもらえるものを書く自信が出てきた。登場人物の個性を際立たせ、初めて小説を読む人にも伝わるように書いた。
結果は大当たり。予想をはるかに超えて、多くの読者に深く刺さっている。テレビの『王様のブランチ』や新聞、ラジオでも紹介され、取材の数は直木賞をとったときより多い。
「今までのぼくの小説は大好きか大嫌いかのどちらかだったので、みんなが絶賛してくれて驚いています。やろうとしたことが成功してくれた」
心を揺さぶられるのが、思いもよらない最後のどんでん返しだ。道尾さんが最も心を砕いたところである。
「この小説は1ページ目から最後のページまで、全体で一つの大きな仕掛けになっていて、そのスイッチが最後の数ページにあります。最後の部分がうまく書けなくて機能しなかったら、半年間書いてきたものがすべて無駄になってしまう」
書き上げるまで不安だったが、仕掛けは見事に機能し、涙があふれ出す結末になっている。主人公の恭太郎は、退屈な日々を過ごす自信のない男性だが、自分のラジオ番組の中では「頼れるお兄さん」という虚像を作り上げる。
「たとえ嘘でも胸を張ってしゃべれば本当になる」
そう信じる彼のやさしい嘘は、バーの常連客の害獣害虫駆除会社の社長やキャバクラ嬢の傷を癒していく。
「母親に『痛いの痛いの飛んで行け~』と言われると、本当にそんな気がしたように、言葉には現実を変える魔力がある。それはまさにぼくがデビュー以来、小説でやってきたこと」
今、この作品が多くの人に受け入れられるのは、「弱さが大事」というテーマが響いたからでは、と言う。
「恭太郎には、弱いからこその強さがある。弱いからみんなの弱さがわかって、助けるために力を発揮できる。学校では人に勝つことを教えられるけど、ラジオの電波のように、不安定で弱いものが人の人生を変えることもあるんです」
弱くたっていい。そのやさしさが心にしみる作品だ。
【著者プロフィール】道尾秀介(みちお・しゅうすけ)1975年生まれ。2004年『背の眼』でデビュー。2009年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、2011年『月と蟹』で直木賞など受賞多数。「理想は年に2冊ペース。今書いているものを完璧に、1つ前のものよりもいいものにすることだけを考えています」。
(取材・文/仲宇佐ゆり)
※女性セブン2015年3月12日号