700ページを超える経済専門書であるにもかかわらずベストセラーとなっている『21世紀の資本』(みすず書房)。その著者であるトマ・ピケティ教授が来日し、著作の解説だけでなく日本の問題に対する見解も披露した。大人気のピケティ教授だが、彼の見解を批判無しに受け入れることには疑問だと大前研一氏はいう。
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世界的なベストセラーになっている『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティ教授が来日し、著書にはなかった日本の問題点(格差)について見解を開陳した。
たとえば、日本記者クラブでの会見では「日本は格差が拡大している」「消費税を上げても、あまり良い結果を生んでいない」「資産家の高所得層に高税を課し、資産を持たない若者や中低所得層の所得税を引き下げる累進課税にすべきだ」などと指摘した。
ピケティ教授の主張は、先進諸国では資本収益率(r)が経済成長率(g)よりも高い(r>g)ため、多くの富を持つ者にさらに富が蓄積して格差が拡大し、資産の不平等は世襲により時代を超えて続く。この不平等を是正するには所得ではなく資産に対する課税を強化しなければならない――というものだ。この“ピケティ理論”を皆が崇め、国会でも「格差」が争点の一つになっている。だが、ピケティ教授は今の日本については勉強不足だ。
たしかに、日本で格差が拡大しているかのように見えるデータもある。たとえば、「相対的貧困率」(所得水準の「中央値」の半分以下の所得者の割合)や「ジニ係数」(所得分配の不平等さを表わす指標。0から1までの数値で示し、1に近いほど所得格差が大きい)といった経済指標がそれだ。
しかし、日本で格差が拡大していることを示す現象はどこにもない。海外の場合は欧米でも中国でも格差が目に見えて広がっている。
たとえば、宮殿のような大邸宅がある一方で、ほとんどの大都市にはスラム(極貧層が居住する過密化した地区)がある。しかし、そういうものは日本ではあまり見かけない。町の中に失業者やホームレスがあふれているわけでもない。
かたや近年の日本で大金持ちになったのがどういう人かといえば、企業の創業者でIPO(株式公開)をした人や親から株をもらってキャピタルゲインで儲けた人が中心で、ごく少数だ。
このように、マクロ経済の指標ではなくミクロ経済の視点から実際の世の中を観察すると、日本の格差はそれほど拡大していないことがわかる。それどころか、私は日本は世界で最も公平で富の集中が少ない国、言い換えれば世界で“最も社会主義化した資本主義国”だと思う。だから資産家に対して累進課税で高税を課すべきだというピケティ教授の主張は、全く当てはまらないと考えている。
※週刊ポスト2015年3月13日号