自分の子どもに米国籍を取らせるため出産を米国でしようという中国の高官や富裕層向けに、米ロサンゼルスには中国人妊婦専用の宿泊施設「月子中心」が増えている。国際ノンフィクション『十三億分の一の男』(小学館)で中国共産党の核心を突く数多の国家機密を綴った朝日新聞記者・峯村健司氏が、「月子中心」と同様に増えている中国高官の「愛人村」について報告する。
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月子中心から車を走らせること20分。丘の頂上部分を覆うように建っている薄いクリーム色の豪邸群が見えてきた。こちらも壁や守衛によって厳重にガードされている。先ほどの中国人夫妻に不動産屋経由で見学予約を入れてもらって、一緒にゲートをくぐった。
敷地内を歩くと、カーテンは閉められたままの飾り気がほとんどない家がいくつかあった。そのうちの1軒の隣家に話を聞くと、
「あの家は、中国大陸から来たアルナイ(愛人)が住んでいるの。外出することはほとんどないけれど、週末には買い物に出かけているみたいね。顔を合わせても挨拶もしないし、なんか不気味な感じがするわ」
女性は台湾出身の40歳。1997年にこの地に移住してきた。
「私たちがここに来た時と比べて、地価は2倍以上に上がったの。10年前から中国大陸からの移民が増えたからよ」
不動産価格が上がることは、住民にとって悪いことではない。ただ、近所付き合いをほとんどせず素性がわからない愛人たちとの溝は深そうだ。
隣のブロックで内装工事をしている家があった。作業中の内装業者に話をきいた。
「この家は、北京から来た役人が150万ドル(1億8000万円)で買ったんだ」
リビングが20畳近くある、この家も、やはり愛人が一人で住んでいるという。
「女性が一人で暮らすには広すぎるだろう。愛人たちはほとんど英語ができないんだ。外出しても買い物するぐらい。いつ会えるかもわからない主人をひたすら待ち続けているわけだから可哀想な人たちだ」
愛人村で見かけた女性は20代が中心で、モデルのような美貌を持っていた。北京特派員時代に中国の官僚から聞いた話では、「知人の紹介のほか、高級クラブの女性から愛人を見つける」という。彼女たちは農村出身者が少なくなく、学問とは縁遠い。半ば自由を奪われた状態で、言葉も通じない米国で暮らすことは幸せなのだろうか。
※SAPIO2015年4月号